2017年04月15日

ノーベル賞「平和賞」生んだ情熱の女性

ノーベル賞「平和賞」生んだ情熱の女性

毎日新聞 2014年10月07日 13時16分

(最終更新 10月07日 20時03分)


アメリカ・ヨーロッパ・ノーベル賞・ズットナー1.JPG


ベルタ・フォン・ズットナー
オーストリアの平和活動家 ノーベル賞平和賞受賞者

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◇オーストリアの活動家 ベルタ・フォン・ズットナー



 ノーベル賞の発表が始まった。アルフレッド・ノーベルが賞の創設を遺言にしたためたことはよく知られているが、その一つを「平和賞」(10日発表)とした陰には、彼に深い影響を与えた一人の女性の存在があった。ベルタ・フォン・ズットナー(1843〜1914年)。

没後100年を記念して、その生涯を描く一人芝居も上演される。【石塚淳子】


 ベルタは1905年に女性で初めてノーベル平和賞に選ばれたオーストリアの平和活動家で、作家。


日本での知名度は高くないが、オーストリア大使館文化担当公使のペーター・シュトーラーさんは「国ではユーロ導入前の紙幣に肖像が使われていたほど高名な人物です」と話す。


 ノーベルとの出会いは30歳の頃。ダイナマイトの発明で巨万の富を築き、パリに豪邸を構えていたノーベルが新聞に秘書募集の広告を出し、ベルタが応じたのがきっかけだった。


伯爵家に生まれ、没落はしたものの教養豊かで数カ国語に通じたベルタはノーベルを魅了した。だが、かつて恋仲だったズットナー男爵家の子息から「君なしでは生きられない」との電報を受け取り、数カ月でノーベルの元を去る。


「ノーベルはベルタに恋をしていたようです。残念ながら実りませんでしたが」。ベルタの生涯に詳しい立命館大学の山根和代准教授(平和学)はそう語る。


 それでも2人の友情は続いた。1886年、夫とパリを訪れた彼女をノーベルは歓待。この時、ベルタは国際仲裁裁判所の実現を目指すロンドンの平和組織の存在を知って衝撃を受ける。帰国後、組織の理念を広めるために小説「武器を捨てよ!」を執筆。


伯爵家の娘が4度の戦争を経験し、2人の夫を失う中で平和主義に目覚める物語で、16言語に翻訳される大ベストセラーに。出版をきっかけにベルタは平和運動に身を投じ、ノーベルに手紙を書き送っては資金援助を求めた。


 ノーベル自身は平和には抑止力も必要との考えだったため、時には批判的な意見を述べながらも、1896年に死去するまでベルタの活動を支え続けた。


「もし彼女がいなかったら、ノーベル平和賞がつくられることはなかったでしょう」と山根准教授。


 欧州列強の軍備拡張が進む中、ベルタは国粋主義者や反ユダヤ主義者を敵に回し、アメリカや北欧にも足を運んで大規模な戦争が訪れる危険性を叫び続けた。


1911年に出版した小説では「雲のある高い所からラジウムの放射線によって一瞬にして敵の全艦隊、軍隊、そしてすべての都市を破壊するのは、簡単なことです」と核兵器の脅威を思わせる警告をしている。


71歳で世を去ったその1週間後、サラエボでオーストリア皇太子が暗殺され、第一次世界大戦へとなだれ込んでいく。


 ベルタの生涯をたどる一人芝居のタイトルは「情熱に燃える魂」。オーストリアの女優、マクシー・ブラハさんが構想を練り自ら演じる。


日本では27日の東京・明治大駿河台キャンパスを皮切りに広島、兵庫、京都、愛知の5都府県(東京は2回)で上演される。場所と日程はオーストリア文化フォーラムのサイト(http://www.austrianculture.jp/theater.html)に。

     (毎日新聞 特集連載からです)

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こんにちは。

ノーベル賞の発表がありました。日本人3人が
物理学賞に輝きました。うれしいですね。

今回は初めて未成年の人が平和賞をもらったのですが、
ノーベル平和賞に関して上ような記事がありました。


ベルタ・フォン・ズットナーは平和主義者として
ヨーロッパでは大変知られた人のようですが、

若い頃は駆け落ちをしてグルジアのトビリシに
住んだことがあるということなんです。

この駆け落ちのためにノーベルの秘書を
辞めたとも考えられるのですが。


トビリシでは、ベルタは1877年~1878年の
露土戦争の状況を目の当たりにして、

負傷兵へ自宅を開放したということです。

負傷兵の悲惨な姿を見たりしたこの時の体験は
1889年に発表した小説「武器を捨てよ」の題材になり、

後の平和運動の基礎になっているということです。


「武器を捨てよ」は世界中で大反響を呼び、
ノーベルも感動したようです。

ベルタは本格的に平和運動をするようになり、
ノーベルとの交流は続き、その考えはノーベルの

平和賞の設置に大きく影響したということです。


記事にあるようにノーベルは生涯ベルタの運動を支援しました。

ベルタは非常に見識がある人だったようで、
第一次世界大戦が勃発する1週間前に亡くなった

のですが、世界大戦のような大規模な戦争を
予見し、心配していたようです。

  終りまでお読みいただき、ありがとうございました。

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ラベル:ノーベル賞
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2017年04月14日

<ノーベル賞>平和賞は17歳マララさんら2人

<ノーベル賞>平和賞は17歳マララさんら2人

毎日新聞 10月10日(金)18時13分配信



 【ロンドン小倉孝保】ノルウェー・ノーベル賞委員会のヤーグラン委員長は10日、イスラム武装勢力タリバンに襲撃され重傷を負いながら、女性や子供に教育機会を与える必要性を訴えているパキスタン人のマララ・ユスフザイさん(17)=英国在住=と、


インドで貧しい子供や若者に教育機会を作る活動を続けるカイラシュ・サティヤルティさん(60)の2人に2014年ノーベル平和賞を授与すると発表した。


マララさんは史上最年少のノーベル賞受賞者となる。


【写真特集】世界巡るマララさん、史上最年少平和賞


 委員長は授賞について、世界の貧しい国では人口の60%が25歳以下の若者である点を指摘し、

「子供や若者の権利が尊重されることは、世界の平和と発展のための前提条件だ。特に紛争に苦しむ地域では、子供たちの権利を侵害することで暴力が世代から世代に継続される」と述べた。

 委員長はまた、2人への同時授賞について「ヒンズー教徒とイスラム教徒、インド人とパキスタン人がともに教育のために過激主義と闘っている点を重視した」と説明した。


 マララさんはパキスタン北西部でイスラム教徒として誕生。11歳ごろから英BBC放送のホームページでブログを書き始め、タリバン勢力による女子校破壊活動などを批判した。

12年10月、学校帰りに頭や首に銃撃を受け意識不明の重体に。タリバンは襲撃理由を「欧米文化を推進した」などと主張した。

 マララさんは英国に運ばれて治療を受け、奇跡的に意識を回復。13年3月から中部バーミンガムの高校に通っている。

 マララさんは回復後も女性や子供の教育機会の重要性を訴え、13年4月には寄付金を基に「マララ基金」を創設、ナイジェリアの少女やシリア難民の教育援助などに充てている。


国連は同年7月、マララさんの誕生日(7月12日)を「マララ・デー」と命名。国連本部で演説したマララさんは「タリバンは教育や女性の力を恐れている。銃弾で我々を黙らせることはできない」と訴えた。


 一方、サティヤルティさんが主宰する非営利組織「子供を救え運動(BBA)」によると、約30年間の活動で劣悪な労働環境の工場や売春宿から救い出した子供たちは8万人以上に上るという。

サティヤルティさんは、インドで強制的に働かされている子供は約6000万人と推定する。だが、児童の人身売買や強制労働に関わる業者が罪に問われる率は数%という。

 サティヤルティさんは今年6月の地元紙とのインタビューで、マララさんと同様、その活動に反対する者に襲われ頭や足、背中を負傷したことを明らかにした。

活動家仲間の中には狙撃されたり、殴り殺されたりした者もいるという。


 今年のノーベル平和賞には過去最高の278個人・団体への推薦があった。授賞式は、ノーベル賞の創設者であるアルフレッド・ノーベルの亡くなった日にちなみ12月10日、オスロ市庁舎で行われる。

今年の賞金は2人合わせて800万スウェーデンクローナ(約1億2000万円)。パキスタン人の平和賞受賞は初めて。


 ◇ノーベル平和賞の主な授賞理由

▽2人は、子供や若者への抑圧に反対し、全ての子供が教育を受ける権利を求めて闘ってきた。

▽サティヤルティさんはガンジーの(非暴力の)伝統を守り、子供からの金銭搾取に抗議する活動を率いてきた。

▽マララさんは最も危険な状況下で、少女が教育を受ける権利のために何年も闘い、若者であっても状況改善に貢献できることを示した。

▽ノーベル賞委員会はヒンズー教徒とイスラム教徒、インドとパキスタンがともに過激主義に反対し、教育を求める闘いに参加することが重要だと考えている。


【ことば】ノーベル平和賞

 1901年に創設され、「国家間の友愛関係」「常備軍の廃止・縮小」「平和会議の開催・促進」に最も貢献した人物や団体に授賞されてきた。ノルウェー国会に任命されたノーベル賞委員会が多数決の投票で選ぶ。


ノーベル賞の他の5部門はスウェーデンで決めているが、平和賞だけはノルウェーで選考している。

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 こんにちは。


「マララさんは史上最年少のノーベル賞受賞者」
(17歳)ということで、注目してみました。

ノルウェー・ノーベル賞委員会のヤーグラン委員長の
説明からですが、世界の平和のためには子供が教育を

受けることが必要であり、紛争や強制労働で子供が
教育を受けられない社会は平和社会と言えない
ということでしょうか。

この解釈にとっても自信はありませんが、若いまじめな人の
励みになりそうな平和賞の決定に思われます。

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ノーベル平和賞 マララさんの声(スピーチ)を探る 1


こんにちは。


ノーベル賞と聞くと、今までは世界でもっとも偉大な
賞なんだ、という感じでしかなかったのですが、

ノーベル平和賞の委員会が、教育を受けられない子供の
分野に焦点を当てたり、未成年の人が受賞することもある
ということと、

受賞者の17歳のマララさんの発言は分かりやすい
ことから、ノーベル賞やその影響への関心が少しですが
湧いてきています。


そういう面からマララさんのお話を探ってみます。


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マララさんの声(スピーチ)
平和賞受賞が決定した10月10日

英中部バーミンガムの公共図書館講堂で、

★「この賞を与えられとても光栄。私一人に与えられた
ものではなく、声を聞かれるべき子供たちすべてに
対するものだ」と喜びを語った。

★「パキスタンでは、私には黙って殺されるか、
 発言して殺されるかしか選択肢がなかった。

 だから私は立ち上がって発言してから殺されよう
と思った」

2014年7月ナイジェリアで
★「少女たちは私の姉妹です。ボコ・ハラムに警告する。
 平和の宗教であるイスラムの名を誤用するな。
 あなたたちはコーランを読んでさえいない。
 直ちに武器を置き、少女たちを解放しなさい」

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以下は参照にしたニュースです

マララさん「声聞かれるべき子たちへの賞」 平和賞会見
朝日新聞デジタル 10月11日(土)1時28分配信

 今年のノーベル平和賞の受賞が決まったマララ・ユスフザイさん(17)は10日、現在住んでいる英中部バーミンガムの公共図書館講堂で、

「この賞を与えられとても光栄。私一人に与えられたものではなく、声を聞かれるべき子供たちすべてに対するものだ」と喜びを語った。


 共同受賞が決まったサティヤルティさんと電話で話し、授賞式にはパキスタンとインドの首相も招こうというアイデアで一致した、と明らかにした。


 マララさんは「これは始まりにすぎない。私はすべての子供たちに学校に行ってほしい」と語った。
また、「パキスタンでは、私には黙って殺されるか、発言して殺されるかしか選択肢がなかった。だから私は立ち上がって発言してから殺されようと思った」と、

イスラム過激派の武装勢力タリバーンと対峙(たいじ)したときの自らの決意の固さを説明した。
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「本とペンが世界を変える」 ノーベル平和賞マララさん
日新聞デジタル 10月10日(金)21時52分配信
「本とペンが世界を変える」 ノーベル平和賞マララさん

マララさんの歩み
 女子教育を敵視する暴力に言葉の力で立ち向かうパキスタンの少女、マララ・ユスフザイさん(17)。

貧しさから労働を強いられる子供たちを解放するインドの活動家、カイラシュ・サティヤルティさん(60)。

学校にふつうに通うということ。今年のノーベル平和賞は、こんな当たり前の権利のために闘う2人の勇気に贈られる。

 マララさんは今年7月、17歳の誕生日をアフリカのナイジェリアで迎えた。イスラム武装勢力「ボコ・ハラム」が4月に誘拐した200人以上の女子生徒の解放を訴えるためだ。生徒の家族らを前に演説した。

「少女たちは私の姉妹です。ボコ・ハラムに警告する。平和の宗教であるイスラムの名を誤用するな。あなたたちはコーランを読んでさえいない。直ちに武器を置き、少女たちを解放しなさい」

 イスラム諸国では今、過激で不寛容な主張がどんどん幅をきかせている。穏健派は「反イスラム」と断罪され、攻撃の対象になる。そんな現状にひるまない勇気と、心に響く言葉こそ、マララさんの力の源だ。

 ナイジェリアと母国パキスタンは共通点がある。ともに1億8千万人前後の人口と潜在的な経済力を持ちながら、小学校へ通えない子供の数はそれぞれ約900万人と500万人で世界ワースト1位と2位。女子教育を敵視する武装勢力の脅威にさらされている。

   (ヤフーニュース 国際総合からです)


 終りまでお読みいただき、ありがとうございました。
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ラベル:ノーベル賞
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ノーベル平和賞 マララさんの声(スピーチ)を探る 2と3

ノーベル平和賞 マララさんの声(スピーチ)を探る 2


こんにちは。


マララさんのフルネームは、マララ・ユサフザイです。
誕生日は1997年7月12日。お父さんの名は
ジアウディン・ユサフザイです。


女子学校を経営しているということなので、教育的な
環境で育ったようです。

2009年 11歳の時に、住んでいるパキスタンの
スワート渓谷の惨状をブログで発信し始めました。


2012年10月9日に地域を支配しているTTPに銃撃されて
被弾しました。(14歳)、ラワルピンディーの病院から

イギリスのバーミンガムに移されて治療を受け、
奇跡的に回復しました。


2013年7月には国連本部で演説しました。
10月欧州議会のサハロフ賞を受賞。

お父さんのジアウディン・ユサフザイさんの言葉ですが、
「タリバンが娘を早く成長させてしまった」ということです。

14~15歳で自分の命のことを口にする娘は
教育外、または想定外ということなんでしょうか。

安全性の違う社会ではもっと別の意味かもしれませんが。

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マララさんの声(スピーチ)

2012年2月

★「将来は国家を正しい道に導き、国民に正直で、
  国民の痛みがわかる指導者になりたい」。

 ★「(女性の教育の権利という)当たり前のことをいって何が悪いの?」

★「教科書を服の下に隠して通学した」

★「タリバンは私がブログを書いていたと知っていたけど、
  自分のことよりも脅迫を受けていたお父さんのことが心配だった」

2013年7月 国連本部で

★「一人の子供、一人の先生、一冊の本、
  一本のペンが世界を変えられる」

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以下の記事を参照にしました。

ノーベル平和賞 マララさん、強い意志で女子教育の重要さ訴え
産経新聞 10月11日(土)7時55分配信

 「将来は国家を正しい道に導き、国民に正直で、国民の痛みがわかる指導者になりたい」。ノーベル平和賞受賞が決まったパキスタンのマララ・ユスフザイさん(17)は、2012年2月に取材した時、大きな目を輝かせてこう語った。


女子教育や女性の権利の重要さを熱く訴える姿は14歳(当時)とは思えないほど大人び、何事にも屈しない意志の強さを秘めていた。

 マララさんは北西部スワト地区ミンゴラで生まれた。名前は、1880年の第2次アフガン戦争でアフガンを英国との勝利に導いた英雄としてたたえられているパシュトゥン人女性「マラライ」にちなんで父親がつけた。

 人権活動家で女子学校を設立し、校長を務める父親のジアウディンさんは、小さい頃からマララさんに本を与え、政治についても議論を戦わせた。

マララさんが「(女性の教育の権利という)当たり前のことをいって何が悪いの?」と、毅然(きぜん)と言えるのも父親の教育方針の影響が大きい。


 スワト地区ではタリバンによって女生徒の通学は禁止され多くの学校が爆破された。処刑した住民の遺体は屋外に放置され、人々に恐怖感を与えた。こうした状況下にもかかわらず、マララさんは「教科書を服の下に隠して通学した」という。

そこまでするのも「学校で勉強して、友達と会うことが楽しいから」とかわいらしい表情で語っていた。


 マララさんは08年ごろから、父親と一緒に公の場で女子教育の重要性を訴え始めた。09年1月からは4カ月間、英BBC放送の匿名ブログで教育の機会を奪うタリバンを告発した。

 マララさんによると、当初、父親は20代の女性教師にブログの執筆を依頼したが、タリバンに命を狙われることを恐れた教師が辞退。ほかの教師らも躊躇(ちゅうちょ)するなか、マララさんが担当することになったという。

 「タリバンは私がブログを書いていたと知っていたけど、自分のことよりも脅迫を受けていたお父さんのことが心配だった」

 取材時、女子教育の提唱者としてすでに国内外から注目を集めていたマララさん。父親は「タリバンが娘を早く成長させてしまった」と語り、悲しげな目を娘に向けていた。


 13年7月、マララさんが国連本部で行った演説は胸を打つものだった。

 「一人の子供、一人の先生、一冊の本、一本のペンが世界を変えられる」

 マララさんへのノーベル平和賞授与は、教育を求める世界中の女の子たちへのエールになるだろう。(田北真樹子)

    (ヤフーニュース 国際総合からです)

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ニュースの中に国連本部で行った演説、というのがありますが、

以下からyoutubeでご覧いただけます。おすすめします。


マララさんの国連本部でのスピーチ youtube
 
https://youtu.be/9_Nd_3s0TXY

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ノーベル平和賞 17歳少女マララさんの声(スピーチ)を探る 3 



ノーベル平和賞受賞時のマララさんの喜び声の全文がありました。その中から、
以下は「声を上げることを選択した」という部分です。

銃撃された経過ということにもなりますが、
考えられないような過酷な状況だったようです。

その状況が分かる記事も掲載します。

 


マララさんの声(スピーチ) 2014年10月11日

ご存じの通り、スワートはタリバン(パキスタンの反政府武装勢力「パキスタン・タリバン運動」=TTP=)の支配下にあり、学校に行くことは誰にも許されていなかったのです。

私は、自分の権利のために立ち上がりました。そして声を上げると言いました。ほかの誰か(が何かをしてくれるの)を待ったのではないのです。

 私には二つの選択肢しかありませんでした。一つは、声を上げずに殺されること。もう一つは、声を上げて殺されること。 私は後者を選びました。

当時はテロがあり、女性は家の外に出ることが許されず、女子教育は完全に禁止され、人々は殺されていました。当時、私は学校に戻りたかったので声を上げる必要がありました。

私も教育を受けられなかった女の子の一人でした。私は学びたかった。私は学び、将来の夢をかなえたかった。 

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マララさん タリバーン支配を偽名で発信 ブログ終了間際「私はマララ」、本名公表

withnews 10月10日(金)18時40分配信


ノーベル平和賞に決まったマララさんは、2009年1月、タリバーン支配下の地域からブログで厳しい生活の様子を発信しました。偽名で年齢も偽るという、過酷な状況。最後には本名を公表するという決死の覚悟でした。

【画像】マララさん、なぜ銃撃された イラスト解説

■英語スピーチ、間違えてもお構いなしで熱弁
教員一家に生まれたマララさんは、早くから英語を習うなど、教育熱心な家庭で育ちました。

英語のスピーチの練習ではからかわれてもお構いなしで熱弁をふるうなど、当時から、意思の強さを感じさせるエピソードが伝わっています。

■2007年に生活暗転
マララさんの生活は2007年、暗転します。反政府武装勢力タリバーンがスワート渓谷一帯を支配下に置きました。その時、標的にされたのが女子教育でした。

■偽名でブログ、世界から反響
そんな厳しい生活をマララさんは、ブログで発信します。マララさんがパキスタンの公用語ウルドゥー語で書いた日記を毎晩、BBCの記者が電話で聞き取り、BBCのウルドゥー語のブログに掲載しました。

その際、安全のため「グルマカイ(トウモロコシの粉)」というペンネームを使いました。年齢も実際より2つ上の13歳にしました。

■ブログ終了間際、本名公表「私はマララ」
ブログの終わりが近づいた2009年2月、州都ペシャワルの集会で、当時11歳のマララさんは言い放ちました。「私の名はグルマカイではありません。マララ・ユスフザイ。他の誰でもない」。

マララさんは、少女たちの教育の権利を訴え続けた。しかし2012年10月、タリバーンの銃弾がマララさんの頭を貫き、意識不明になります。

■イギリスから発信、国連でも演説
イギリスでの治療を受けたマララさんは奇跡的に回復。2013年7月には国連でも演説をし、世界中から共感を呼びました。2013年11月には人権や表現の自由を守る活動をたたえる「サハロフ賞」も受賞しました。

マララ・ユスフザイさん
パキスタンの女子学生。女子が教育を受ける権利をブログなどで訴えていた。下校中に武装勢力に襲われ、頭を銃で撃たれた。反政府武装勢力パキスタン・タリバーン運動(TTP)が犯行を認めた。

英国の病院に搬送され、損傷した頭蓋骨(ずがいこつ)の修復手術などを受け、奇跡的に回復。支援の輪が世界中に広がり、今年のノーベル平和賞の有力候補に。TTPは再襲撃を予告しており、現在は英バーミンガムの学校に通っている。

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ノーベル賞平和賞受賞のスピーチです。ご覧ください。

動画タイトル
<字幕>マララさんノーベル平和賞受賞スピーチ(1/2)

 

終わりまでお読みいただき、ありがとうございました。

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ラベル:ノーベル賞
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ノーベル平和賞 17歳少女マララさんの声(スピーチ)を探る 4~6

ノーベル平和賞 17歳少女マララさんの声(スピーチ)を探る 4



前ページの3の続きになりますが、いいニュースもあります。
マララさんが銃撃を受けたとき、横にいた同級生も銃弾を受けました。


昨年13年7月の記事なのですが、その少女がイギリスに
留学できたということです。その最後に、パキスタンでは


絶えず脅迫を受けていた、とあります。
パキスタンの状況はどう考えてたらいいのか。


でも、イギリスで身の安全が確保でき、勉強が
できるようになったというのはいいことですね。


将来はパキスタンで安全に仕事ができるように
なるといいのですが。

◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆
マララさんと共に銃撃された少女、英国で通学へ
2013年07月05日 11:47 発信地:ロンドン/英国


【7月5日 AFP】パキスタンで昨年、女性の教育権を訴える活動を行っていた少女マララ・ユスフザイ(Malala Yousafzai)さんと共にイスラム武装勢力に銃撃された女子生徒が、英政府から学生ビザ(査証)の発給を受け、先週末に渡英していたことが分かった。


 シャジア・ラムザン(Shazia Ramzan)さん(15)は6月30日夜、英イングランド中部バーミンガム(Birmingham)の空港に到着し、昨年10月9日の銃撃事件以来、離れ離れになっていたマララさんと喜びの再会を果たした。


2人は共に、世界の教育問題に関する国連特使を務めるゴードン・ブラウン(Gordon Brown)前英首相の事務所の支援を受けている。


 世界中から非難を浴びたパキスタンのこの事件では、同国北西部のスワト渓谷(Swat Valley)で通学バスに乗っていたマララさんを、イスラム武装勢力「パキスタンのタリバン運動(Tehreek-e-Taliban Pakistan、TTP)」が至近距離で銃撃した。


女子の教育権を訴えていたマララさんを狙った犯行だったが、シャジアさんを含む他の少女2人も巻き添えとなり、シャジアさんは首と肩を負傷した。


 頭部に重傷を負ったマララさんは、手術のために渡英。3月から、バーミンガムの学校に通学を始めていた。


 今回、シャジアさんも、ブラウン氏の「ア・ワールド・アット・スクール(A World At School)」など慈善団体からの奨学金やその他の支援を受け、英国で通学を開始できることになった。


 同団体が発表した声明の中でシャジアさんは「ここで勉強し、医者になることを目指すことができて、とても嬉しく思います。パキスタンにとどまって教育課程を終えたかったけれど、絶えず脅迫を受けていたので不可能でした」と語っている。(c)AFP

  (AFP ライフからです)
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ノーベル平和賞 17歳少女マララさんの声(スピーチ)を探る 5



マララさんのノーベル平和賞受賞時の喜び声の全文がありました。
その中から、声を上げようという部分です。


前前ページの、マララさんの声を探る3の続きでもあるの
ですが、子供たちも声を上げるべきだ、ということなのです。


この声に対して声を上げ始めた人がいます。
まずは、地元のスワート渓谷の少女たちです。


以下をそのようにお読みください。なんだか絶望的な
気分になりそうな状況と読める部分もありますが、


女が勉強するのは当たり前となって欲しいですね。
若い時の勉強は身に付くのが早いので期待します。

◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆
マララさんの声(スピーチ)


 私が学校に行けないと聞いた時、私は医者になれないだろ、私はなりたいものに決してなれないだろうと思いました。


私の人生は13歳か14歳で結婚するだけで、学校にも行けず、なりたいものにもなれないと。だから、声を上げようと決めたのです。


 私は、私の経験を通じて、世界中の子供たちに権利のために立ち上がらなければならないと伝えたいのです。ほかのだれかを待つべきではないのです。彼らの声はより力強いのです。


彼らは弱く見えるかもしれないけれど、誰も声を上げない時に声を上げれば、その声はとても大きく、誰もが耳を傾けざるを得なくなるのです。


これは世界中の子供たちへの私からのメッセージです。権利のために立ち上がらなければならない。


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マララさんノーベル賞受賞、パキスタン女性らの希望の光に

AFP=時事 10月13日(月)14時52分配信



【AFP=時事】パキスタン北西部のスワト渓谷(Swat Valley)に住むサイマ・ビビ(Saima Bibi)さんが結婚したのは、わずか13歳の時。借金の清算代わりの結婚だった。ノーベル平和賞(Nobel Peace Prize)受賞が決まったマララ・ユスフザイ(Malala Yousafzai)さん(17)が育ったこの地域では、一般的な慣習だ。


マララさん 国連で演説「ペンと本で世界は変わる」


学校ではクラスでトップの成績を誇る優秀な女子生徒だったビビさんだったが、学校を中退し、勉学の夢をあきらめざるをえなかった。


 だが現在、22歳になったビビさんは、夫や義理の両親に学校に戻りたいと願い出る「勇気」を、マララさんが与えてくれたと語る。4人の子どもたちに最後まで教育を続けさせるという決心もした。


 検診のためスワトの主要都市ミンゴラ(Mingora)を訪れたビビさんは、AFPの取材に「新聞に載ったマララの写真を見るたび、家族はみんな、イスラムに対する陰謀だと言っていたけど、私は最初から彼女が好きだった」と語った。


マララさんのノーベル賞受賞によって、パキスタンの子どもたち、とりわけ女子の就学率や識字率の著しい低さに関心が集まっている。教育支援団体のアリフ・アイラーン(Alif Ailaan)氏によると、パキスタンでは5~16歳の子どもたち2500万人が学校にいっておらず、このうち1400万人が女子だ。


 スメラ・カーン(Sumera Khan)さん(21)も、8年生(日本の中学2年生に相当)で退学せざるをえなかった。だがカーンさんの場合、その理由は結婚ではない。


「勉強は好きだったけど、私が住んでいた村には中高レベルの女子校がなかったんです」。ミンゴラの自宅で2人の子どもたちが遊びまわるなか、夕食の支度をしながらカーンさんは語った。


 カーンさんもまた、マララさんから刺激を受けたという。「彼女は私に再び勉強を始める勇気をくれました。今は個人的に勉強をしようと考えています。私もマララのように自分のために声を上げたい」


 こうした困難に打ち勝つことができた女性たちには、多くの場合、強い権限を持つ男性が味方となっている。マララさんの場合も、父親のジアウディン・ユスフザイ(Ziauddin Yousafzai)さんが親族からの反発の盾となってくれた。


 医師のファジーラット・アクバル(Fazeelat Akbar)さん(32)は、マララさんの成功で女性に対する考え方を変える男性が増えることを期待している。「私は高校を卒業した後も進学すると訴えて家族にそうさせた。勉強は続けると決意していたから。幸運なことに父が私を応援してくれた」


 マララさんのノーベル賞受賞によって、就学年齢にある全ての子どもたちにより良い未来が開かれることを期待する見方が広がっている。だが一方で、悲観的な意見も多い。


フェミニスト作家のビナ・シャー(Bina Shah)氏は「(パキスタン政府は)『良かった。マララさんを誇りに思う』とだけ言って、これまで通りのやり方に戻るだろう」と語っている。【翻訳編集】 AFPBB News 


 (ヤフーニュース 国際総合からです)

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ノーベル平和賞 17歳少女マララさんの声(スピーチ)を探る 6



ノーベル平和賞を受賞した今後はどうするかという部分になりますが、

「強制労働や人身売買」という言葉があります。


マララさんの声を探る1の、ニュース記事の中にはパキスタンとナイジェリアの

比較、共通性がありました。


大雑把ですが、パキスタンから西は大西洋までイスラム教圏が

広がっています。ほぼ中央位置になりますが、聖地メッカがあり、

石油産出地域もあります。


しかし、日本人にはパキスタンから大西洋まで地域こもあまり関心の
起きない土地でもあります。


ところが、マララさんの行動の対象はまずこの範囲ではないかと思われます。
これも大雑把な見方ですが、西欧文化やキリスト教を排除する感覚の
地域と言ってもいいでしょう。


普通の人から、マララさんのノーベル平和賞受賞は西欧の
陰謀ではないかといった表現も出るようです。


では、子供、特に少女は何と言っているのでしょうか、何も発言はないですね。
ところが、ほんの一部の土地でですが銃撃され、誘拐され、売られているのです。


そういう目にあった少女が、将来、あの時はイスラム教の陰謀だと
言うことはできないし、また、そう考えることもないでしょう。


マララさんは、子供の時にせめて字が読め、字が書けて、文字が並んだ
文が分かる、そういう人生を送るように、と少女たちに、子供たちに、
呼びかけているのではないでしょうか。


人身売買ということが言われても、何も対応できない、また、何もしない
政府があるのも事実です。マララさんは少女たちが無視され、


犠牲になることを知っているので、少年少女に直接
呼びかけている感じもします。


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マララさんの声(スピーチ)


 受賞の決まったノーベル平和賞についてですが、ノーベル賞委員会は私だけに与えたのではないと思っています。

この賞は声なき声を持つ全ての子供たちのためにあるのです。そしてその声に耳を傾けなくてはならない。


私は彼らのために語り、彼らとともに立ち上がり、彼らの声が届くよう彼らの運動に加わります。彼らの声を聞かなくてはならない。彼らには権利があります。


彼らには良い教育を受け、児童労働や人身売買に苦しめられない権利があるのです。彼らには幸せな人生を送る権利があります。


だから私はこれら全ての子供たちとともに立ち上がります。この賞はまさに彼らのためにあり、彼らを勇気づけるのです。


(すでにマララさんの声(スピーチ)1に掲載した部分ですが)

2014年7月ナイジェリアで

★「少女たちは私の姉妹です。ボコ・ハラムに警告する。
 平和の宗教であるイスラムの名を誤用するな。


 あなたたちはコーランを読んでさえいない。
 直ちに武器を置き、少女たちを解放しなさい」

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マララさん、ナイジェリア大統領に拉致少女の親との面会求める

【7月15日 AFP】イスラム武装勢力に頭部を撃たれながら生還したパキスタンの少女、マララ・ユスフザイ(Malala Yousafzai)さん(17)は14日、ナイジェリアの首都アブジャ(Abuja)でグッドラック・ジョナサン(Goodluck Jonathan)大統領と面会し、イスラム過激派組織「ボコ・ハラム(Boko Haram)」に拉致された少女たちの親と面会するよう求めた。


パキスタンで女性が教育を受ける権利を訴えていたマララさんは2012年、イスラム武装勢力「パキスタンのタリバン運動(Tehreek-e-Taliban Pakistan、TTP)」に頭部を銃撃されたが一命をとりとめ、女子教育の向上活動に取り組んでいる。


ナイジェリアでは今年4月14日、北東部ボルノ(Borno)州チボク(Chibok)でボコ・ハラムが女子生徒276人を学校から拉致する事件があった。事件発生から3か月が経過したが、依然として219人の行方が分かっていない。


マララさんはジョナサン大統領との面会に先立つ13日、拉致された少女たちの両親や脱出に成功した少女たちと面会した。


ジョナサン大統領との面会を終えたマララさんは記者会見で、拉致された女子生徒たちの親たちと会って、少女たちは必ず帰還できると勇気づけるよう大統領に求めたところ、大統領は一部の親に会うことに同意したと明かした。


マララさんは、親たちは絶望しきっており「大統領の支援を必要としている」と述べ、今月12日が自身の17歳の誕生日だったことから「私が今年の誕生日に願うことは、(拉致された)少女たちが家に戻って来ることです」語った。


ジョナサン大統領は女子生徒が拉致された事件での対応を、思いやりと迅速さの両方が欠けていると厳しく批判されている。救出活動の初動で出遅れたうえ、軍が事件発生の数日後に出した、少女たちは解放されたとの発表も後に撤回された。


大統領自身も事件があったチボク地区を5月に訪れると発表していながら、何の説明もなく直前に訪問を中止した。これまでのところ、同大統領が拉致少女の親と会ったと明らかにされたことはない。(c)AFP

 (AFP ニュース 戦争・紛争からです)

 終りまでお読みいただき、ありがとうございました。

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ラベル:ノーベル賞
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ノーベル平和賞 17歳少女マララさんの声(スピーチ)を探る 7~9

ノーベル平和賞 17歳少女マララさんの声(スピーチ)を探る 7




マララさんのノーベル平和賞受賞スピーチも終りに近づいた
ようですが、共同受賞者のカイラシュさんにつての部分です。
今後は協力して活動するということです。


そのカイラシュさんの記事があります。
フルネームはカイラシュ・サティヤルティさんですが、
国はパキスタンの東隣、インドです。


そのカイラシュさんの声もニュースにありました。
日本に交流している団体があるようです。


カイラシュ・サティヤルティさんは、インドで5番目の
ノーベル賞受賞者ということです。

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マララさんの声(スピーチ)


最後に、私が尊敬するカイラシュさんと電話で話したことについてお伝えします。名字を正しく発音できず、すみません。失礼ですが(名前の)カイラシュさんと呼ばせていただきます。


 彼とちょうど電話をしたばかりで、全ての子供が学校へ行き、良い教育を受けることの大切さについて話しました。苦しみながらもいまだ知られていない子供たちがいるという問題が、どれほどあるかについてもです。

私たちは、全ての子供が良い教育を受け、悩むことのないよう協力して活動することを決めました。

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カイラシュさんの喜びの声(スピーチ)です。


「これまで声を上げられなかった子供たちに関心が向けられることが一番うれしい」

「これからは児童労働や子供の教育だけでなく、平和のためにも活動しなくてはならない」
「その言葉は深く心に刺さりました。今も怒りを感じる。どうして自由や教育を犠牲にして働かなくてはならない子供がいるのか。耐え難いことです」


「途上国の子供たちが労働力としてグローバルな経済に取り込まれている」

「日本の団体や活動家の協力に感謝している」
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以下の記事を参照しました

<ノーベル賞>サティヤルティさん 小学1年時の体験が原点
毎日新聞 10月11日(土)11時13分配信


 【ニューデリー金子淳】今年のノーベル平和賞で、パキスタン出身のマララ・ユスフザイさんとの同時受賞が決まったインドのカイラシュ・サティヤルティさん(60)が10日夜、毎日新聞などのインタビューに応じた。


児童労働問題に過去30年取り組んできたサティヤルティさんは「これまで声を上げられなかった子供たちに関心が向けられることが一番うれしい」と喜びを語った。


また、「これからは児童労働や子供の教育だけでなく、平和のためにも活動しなくてはならない」とノーベル平和賞の重みをかみしめた。


 サティヤルティさんによると、子供の権利に関心を持ったのは、初めて小学校に登校した日のこと。同じ年ごろの子供が父と靴磨きをしているのを見かけたのがきっかけだった。


「どうして自分は通学できるのに、その子は働いているのか」。学校で先生にたずねたら「彼らは働かなくてはならないのだ」と説明された。


納得できず、勇気を出してその子の父に理由を聞くと、「私たちは働くために生まれたのです」と言われたという。


 「その言葉は深く心に刺さりました。今も怒りを感じる。どうして自由や教育を犠牲にして働かなくてはならない子供がいるのか。耐え難いことです」と語る。


 エンジニアの仕事を辞め、1980年に働かされている子供を保護する活動を始めた。これまでに約8万3000人を救った。児童労働は農業、服飾業、スポーツ用品製造など幅広い産業に広がっており、国際企業が関わっているケースも多いという。

途上国の子供たちが労働力としてグローバルな経済に取り込まれている」と指摘する。児童労働廃絶には先進国側の取り組みも欠かせない。


 講演などで何度か日本を訪れたことがあり、「日本の団体や活動家の協力に感謝している」と語る。「平和賞決定で児童労働に世界の注目が集まった。

日本も教育の普及などでこれまで以上に大きな役割を果たせるだろう」と期待を込めた。

 (ヤフーニュース 国際総合からです)
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ノーベル平和賞 17歳少女マララさんの声(スピーチ)を探る 8



マララさんのノーベル平和賞受賞決定の時のスピーチ全文からですが、
共同受賞者のカイラシュ・サティヤルティと共同で、インドのモディ首相と


パキスタンのシャリフ首相にノーベル賞授賞式に参加してもらいたい、
という部分です。両国の首相を招待するということですね。


インドとパキスタンはイギリスから独立した当時から国境問題で
繰り返し衝突し、ずっと対立しています。


一番大きな出来事は東パキスタンと呼ばれていたバングラデッシュの
独立があるのですが、文字どうり犬猿の仲が続いています。


さて、インドとパキスタンの首相がノルウェーに行くかどうかですが、
パキスタンでは異教徒のすることと関係しない、たかが少女の希望だ、


という感覚の一般人も広くあり、また軍事関係のところも反対するでしょうね。
ノーベル賞の受賞式といえ、敵国の首相と握手するようことは認められない、
まして、少女からの言い分となれば、出席は好ましくないというところでしょう。
騒ぎを起こすかもしれません。


逆に首相が出席しない、その理由などの対応を間違えると、
パキスタンに将来がないと考える人の層が増えることも予想されます。


インドはもう少し柔軟でしょう。普通に名誉なことと思い、首相の出欠や
パキスタン首相と顔が会うくらいは首相の判断でいい、
というところではないでしょうか。


両国は犬猿の仲との印象は世界中が持っているので、両首相が出席する
かどうかは、国際的に注目されているのではないでしょうか。


この長年の紛争を何とかしたいという意向はそれだけで
尊敬を集めていることでしょう。


もし、マララさんがインドを訪問するような機会が将来できたとしたら、
インドの若者が大喜びするのではないでしょうか。ファンだってできそうです。


そう考えるとインドのモディ首相がノーベル賞授賞式に出席すると、
インド内で首相の人気は若者の間で上昇することでしょう。


マララさんが日本を訪問しても同じと思います。若者が歓喜して
出迎え、日本人の若いファンが一杯できると予想できます。

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対立する印パ 両首脳、授賞式出席で緊張緩和に一助 「マララさんの声生かすべき」

10日、ノーベル平和賞受賞が決まり、記者会見で聴衆に手を振るマララ・ユスフザイさん=英バーミンガム(ゲッティ=共同) 【ニューデリー=岩田智雄】インドの人権活動家とともにノーベル平和賞を受賞することが決まったパキスタン人のマララ・ユスフザイさんが、両国の首脳に平和賞授賞式への出席を求めたことについて、双方から歓迎の声が上がっている。



両国はカシミール地方の領有権などをめぐり対立しており、同地方では最近も激しい戦闘が起きた。こうした中で、マララさんらの受賞決定を平和に生かすべきだという声が上がっている。

 「パキスタンのシャリフ首相とインドのモディ首相が出席すれば、緊張緩和の一助になる」。パキスタンの政治評論家、ハディム・フセイン氏は産経新聞の電話取材にこう語った。

 11日付インド紙タイムズ・オブ・インディアも、ノーベル賞委員会が印パの運動家に授賞を決めたことを「完璧な時期に政治的合図を送った」と指摘した。

 しかし、両国の対立解消への道は極めて険しい。カシミール地方では今月1日から、両国の実効支配線(停戦ライン)をはさんだ交戦が激化している。9日までに双方の市民計22人が死亡し、インド側では3万2千人が避難した。

対立の歴史は長い。1947年に英領から分離独立して以来、カシミール地方の領有権をめぐり、計3回の戦争と大規模紛争を経験し、その後も交戦は断続的に続いている。

 モディ氏は今年5月、シャリフ氏を首相就任式に招待し、新政権下での対話進展が期待された。しかし、このとき合意された外務事務次官の会合開催は結局、パキスタンへの不信感から実現しなかった。

 モディ氏は野党からパキスタン軍への対応を批判され、10日の演説で「インド軍はパキスタンに相応の教訓を与えた。彼らの口を封じた」と激しい口調で語った。こうした反応は、カシミール問題で譲歩しないことが、強い指導者像を表現し支持を集める重要な要素であることを示している。

 シャリフ氏も10日、パキスタンの国家安全保障委員会を開いて「わが軍には、いかなる侵略からも国家を守り、領土を保護する能力がある」と表明した。


   (産経ニュース 国際からです) 

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マララさんの声(スピーチ) ノーベル平和賞受賞の発表


 また、彼がインド出身で、私がパキスタン出身ということもあり、私たちが両国の強い関係を築こうと決めました。


最近、国境が緊張し、状況は望ましいものではなくなりつつあります。私たちはパキスタンとインドが良い関係であることを望みます。


緊張状態にあることはとても残念で、私は本当に悲しいです。なぜなら、両国が対話し、平和について語り合い、前へ進むことや開発について考えることを望んでいるからです。


戦いよりも教育や開発、前進について注目することが重要です。それが、両国にとって良いことなのです。


 だから私たちは2人で決めました。カイラシュさんには、尊敬するインドのモディ首相に12月のノーベル平和賞授賞式への参加をお願いしていただくよう頼みました。


私も尊敬するパキスタンのシャリフ首相に出席をお願いすると約束しました。


 私からも、両首相に出席をお願いします。私は心から平和、寛容、忍耐の正しさを信じています。両国の発展には、平和で、良好な関係がとても重要なのです。


それを成功させ、前進させていくことが重要なのです。耳を傾けていただけますよう、謹んでお願い申し上げます。
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ノーベル平和賞 17歳少女マララさんの声(スピーチ)を探る 9



マララさんのノーベル平和賞の受賞決定の時のスピーチ全文からですが、

今回はアメリカのオバマ大統領の発表を見てみました。


アメリカ向けの発表と見ていいのですが、
二人は昨年ホワイトハウスでお話をしていました。


マララさんが国連本部で名演説をした時でしょう。
オバマ大統領はマララさんに直接会ってみて、
その勇気に敬服したようです。


マララさんがノーベル平和賞を受賞したことは、
少女の教育に取り組みについて、世界中の人々に
影響をおよぼしたということです。


さて、こういった情報が届くイスラム圏のことになります。
欧米の、またはキリスト教の、陰謀かもしれない、そうだな、
と考える人がたくさんいるようなのです。


現在は、少女に関する人権という考えが
ないのかもしれないのですが。


また、イスラム教に関係ない国でもノーベル平和賞を嫌い、
受賞者をいじめている国もあります。


またノーベル平和賞に似た賞を設定したところもあるようなのです。


複雑多様な地球なのですが、ここのページは単純に、
「コーランに女子教育をしていけない、とは書いていない」、
「書いてあったかどうか記憶していない」、という政治家が
まずはイスラム圏に現れるといいのになということなんです。


政治家たちは、現実は紛争に忙しいかもしれないのですが、
それが紛争を継続させ、場合によっては国の経済を
圧迫することもあるわけです。


そういう場合は子供の人権とか教育どころでは
なくなるのも事実です。

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マララさんの声(スピーチ) ノーベル平和賞の受賞が決まった時


私は、自分の権利のために立ち上がりました。そして声を上げると言いました。
ほかの誰か(が何かをしてくれるの)を待ったのではないのです。


 私には二つの選択肢しかありませんでした。一つは、声を上げずに殺されること。もう一つは、声を上げて殺されること。
 私は後者を選びました。当時はテロがあり、女性は家の外に出ることが許されず、女子教育は完全に禁止され、人々は殺されていました。当時、私は学校に戻りたかったので声を上げる必要がありました。


私も教育を受けられなかった女の子の一人でした。私は学びたかった。私は学び、将来の夢をかなえたかった。



尊厳守る人々の勝利=マララさん「世界動かす」―オバマ米大統領
時事通信 10月11日(土)6時37分配信

 【ワシントン時事】オバマ米大統領は10日、パキスタンの教育活動家マララ・ユスフザイさん(17)らへのノーベル平和賞授与が決まったことを受けて声明を出し、「人間一人ひとりの尊厳の擁護に力を尽くす全ての人々の勝利だ」と強調した。


 大統領は「わずか17歳にして、情熱と意思によって、あらゆる土地の少女たちに確実に教育の機会を与えるべく取り組むよう世界中の人々を突き動かした」とマララさんを称賛。


イスラム武装勢力タリバンが沈黙を強制しようとした時も強さと決意で立ち向かったと指摘した。また、昨年ホワイトハウスで面会してマララさんの勇気に触れ、「畏敬の念に打たれた」と振り返った。


 大統領は、マララさんと同時に平和賞を受賞するインドの児童人権活動家カイラシュ・サティアルティさん(60)についても「児童労働を終わらせ、奴隷労働という汚点を世界から一掃することに人生をささげてきた」とたたえた。

 (ヤフーニュース 北米からです)


その他のニュース記事

 ノーベル平和賞 全ての米国人を代表して祝意、オバマ大統領、マララさんに産経新聞)11日(土)21時17分


終わりまでお読みいただき、ありがとうございました。
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ラベル:ノーベル賞
posted by たまわさ at 15:30| Comment(0) | ノーベル賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ノーベル平和賞 17歳少女マララさんの声(スピーチ)を探る 10~13

ノーベル平和賞 17歳少女マララさんの声(スピーチ)を探る 10



昨日10月17日にはパキスタンの様子がわかるニュースがありました。
以下にありますの読んでみてください。今の状況は外部の者の想像以上に複雑と思われます。


「祖国パキスタンでは嫌悪の対象にも」ということなんです。国内で起こっていること全てが欧米の陰謀だ、という考えですね。


人口1憶8千万人、世界第6位のパキスタンですが、イギリスから/>独立してずっとインドと対立し、政権は安定していません。


アフガニスタンからの難民は多くは帰国したのですが
200万人くらいは残っていると言われています。


10歳前後の少女が殺されるかもしれないと思いながら
成長している状況は、過酷すぎて想像できませんが、
言葉で聞くと記憶してしまいます。


国全体で何かが改善されたというニュースも聞いたことがないので、女子教育への圧力が高まっているのか、あるいは少女の犠牲が増えているのかもしれません。


女性の人権という面からすると女性への名誉殺人という
問題もあります。外国には知られたくないことでしょう。


インドとパキスタンが話し合いを始めるきっかけに
なるかもしれない、という努力をするノーベル平和賞の
委員会には敬服しますね。


インドとパキスタンの要人が定期的に会談すると、
内容が非難の応酬であっても、
安心する政府もあるのではないでしょうか。


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ノーベル平和賞のマララさん、祖国パキスタンでは嫌悪の対象にも

AFP=時事 10月17日(金)15時55分配信

【AFP=時事】マララ・ユスフザイ(Malala Yousafzai)さん(17)は、祖国パキスタンをおとしめる任務についた欧米の工作員──今年のノーベル平和賞(Nobel Peace Prize)受賞が決定した現在でも、一部の人々からはそのように思われ、嫌悪の対象として見られ続けている。

マララさんノーベル賞受賞、パキスタン女性らの希望の光に


 マララさんは2年前、女性の教育を受ける権利を訴え、イスラム武装勢力「パキスタンのタリバン運動(Tehreek-e-Taliban Pakistan、TTP)」の戦闘員に頭を撃たれた。そのような背景から、イスラム強硬派がマララさんを今も非難し続けることは驚きに値しない。

 だがマララさんの支持者たちにとって理解が困難なのは、パキスタンの中間層から非難の声が出ている点だ。彼らは女子にも教育を受けさせたいと熱心ではあるが、自国の問題を国外で報じられることには反対している。

 マララさんを中傷する人たちは、一連の銃撃と入院、昏睡などがすべて、英国の関与した陰謀だったと信じている。

「マララ・ユスフザイはノーベル賞じゃなくてアカデミー賞(Academy Awards)を授与されるべきだった」──ツイッター(Twitter)ユーザーのアドナン・カリム・ラナさんはマララさん批判者のよく使う言葉を書き込んだ。ソーシャルメディアではマララさんに対する「性的な中傷」も多く見られる。

■「米国の計略」

 マララさんに対する憎悪の一部は、保守的な宗教観や女性の地位向上の反対などに由来する。ただ、パキスタンの多くの人は同国における武装勢力との10年に及ぶ衝突が米国によってもたらされていると考えており、この衝突に対する疑念もマララさんへの憎悪につながっている。

 コラムニストのシリル・アルメイダ(Cyril Almeida)氏は「マララさんが体現したものが問題になっている。パキスタンの戦闘状態とタリバンとの戦いは、外部から持ち込まれた戦争だという考えだ。

これは米国の計略と合致する。そして米国的なものはすべて、強い疑念の対象となるに値する」と指摘した。

 マララさんに批判的な人々は、パキスタンの少女たちが学校に通う様子を捉えた写真をソーシャルメディアに投稿し、タリバンが多くの学校を破壊したとするマララさんの発言がうそであると主張している。

こういった「証拠」を投稿する人の多くは中道右派の野党、パキスタン正義運動(PTI)のイムラン・カーン(Imran Khan)党首の支持者らで、女性もいる。

「マララのことが嫌いな人々」と題されたSNSフェイスブック(Facebook)のページには、マララさんの顔写真に牙を合成した写真と、米軍無人機の攻撃で死亡したとされる子どもたちの遺体の写真が並べられていた。

これはマララさんが美化される一方で、欧米の暴力による犠牲者たちのことは全く伝えられていないとの主張だという。【翻訳編集】 AFPBB News

 (ヤフーニュース 国際総合からです)

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ノーベル平和賞 17歳少女マララさんの声(スピーチ)を探る 11




昨日のパキスタンの記事からは日にちがさかのぼるのですが、
ノーベル平和賞受賞の決定について世界の主要な人々の祝福の
発言の記事があります。

17歳少女の受賞なので、どれも子供の世界に焦点があたっています。
この記事とパキスタンの様子を比べますと、パキスタンは孤立的に
なっている感じがします。

大人の世界は言語や宗教を基盤して国を作っているという見方も
できるのですが、マララさんは「お互いに人間として尊重し、尊敬しあう
べきです」と声を上げています。

現実の地球上は親○○派、反○○派、という言葉が黒海周辺だけでなく
世界中で使われています。日本の近くでもよく見るようになりました。
反○○教育、というのもあるようですが。

この反○○派、親○○派にはそれぞれに近い人々が集まるのですが、
相手がいるので武器の類も集まります。ですから強く明確になると
マララさんの声の「私たちは子供の権利、女性の権利、あらゆる人権のために
闘うべきです」この部分の方向に、人の集まりが進む場合は人の集まりは
明確ではないのですが、武器の類は必要ないわけですね。

ということで、孤立的に進みそうなところはあまり探求しないで
いいとして、世界の要人達のお話のほうが重要としましょう。


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マララさんの声(スピーチ) ノーベル平和賞の受賞が決まった時



 私たち2人のノーベル賞受賞者は、1人がパキスタン、1人がインド出身です。1人がヒンズー教を信じ、もう1人はイスラム教をあつく信仰しています。

これは、パキスタンとインド、異なる宗教の人々に愛のメッセージとして届きます。私たちは互いに支え合っています。

 肌の色、言語、信仰する宗教は問題ではありません。互いに人間として尊重し、尊敬し合うべきです。私たちは子供の権利、女性の権利、あらゆる人権のために闘うべきです。

 受賞の決まったノーベル平和賞についてですが、ノーベル賞委員会は私だけに与えたのではないと思っています。この賞は声なき声を持つ全ての子供たちのためにあるのです。そしてその声に耳を傾けなくてはならない。

 私はこの賞を受賞しますが、これで終わりではありません。これは私が始めた活動の終わりではなく、まさに始まりなのです。私は全ての子供たちが学校に行くのを見たいです。

いまだに5700万人もの子供たちが教育を受けられず、小学校にすら通えていません。私は全ての子供たちが学校に行き、教育を受けるのを見たいのです。

(すでに掲載した部分もあります。重複しているところもあります。)

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<ノーベル賞>各国首脳、国際機関が祝福 平和賞受賞の2人

毎日新聞 10月11日(土)11時42分配信

 パキスタン出身のマララ・ユスフザイさん(17)と、インドのカイラシュ・サティヤルティさん(60)へのノーベル平和賞授与決定を受け、各国首脳や国際機関は10日、相次いで2人を祝福した。

 オバマ米大統領は、マララさんについて「わずか17歳だが、少女の教育への情熱と決意で世界中の人々を鼓舞した」と激賞した。

ミシェル夫人とともに昨年ホワイトハウスに迎えたことにも触れ、マララさんを暴力で沈黙させようとした武装勢力タリバンに、「強さと決意で応えた」と評価した。

 また、マララさんとサティヤルティさんが「正義に対する揺るぎのない献身と、全ての少年少女の尊厳に対する信頼を共有している」と指摘、敵対するインドとパキスタンの関係改善への期待を込めた。

 ドイツのメルケル首相は「世界の子どもたちにとって良い日だ」と述べた。

 国連の潘基文(バンキムン)事務総長は、「世界で最も偉大な子どもたちの擁護者だ」と評価した。マララさんについて、「テロリストが最も恐れるのは『教科書を持った少女』ということを、勇気と決断によって示した」とたたえた。

サティヤルティさんの業績については「搾取的な労働に捕らわれた何百万もの子どもたちの生活改善のため、世界の最前線で活動してきた」と称賛した。

 国際労働機関(ILO)のライダー事務局長(英国)は声明で「今年のノーベル平和賞は児童労働との戦いにおいて画期的だ」と述べ、「受賞によって児童労働撲滅という大義に弾みが付くよう望む」と期待を表明した。

 国連の子どもの権利委員会のサンドベルグ委員長(ノルウェー)は「今年は『子どもの権利条約』の採択から25周年にあたり、ノーベル賞委員会の授与決定は重要だ」との声明を発表した。【ワシントン和田浩明、ニューヨーク草野和彦、ローマ福島

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ノーベル平和賞 17歳少女マララさんの声(スピーチ)を探る 12


マララさんが11歳の時のお話があります。その記事によりますと、11歳の時にはすでに学校に行きたいと声を上げたのですが、
声を上げると、命を狙われることを知っていたようです。

2009年2月、武装したタリバンがいるところでTVの生放送に出演して、
「学校を開いてください」と話したということなんです。
以下のニュース記事をご覧ください。

パキスタンで起きた血なまぐさい出来事を拾ってみました。

2007年10月べーナズィール・ブットー元首相が選挙運動中に暗殺される。
2011年5月アメリカ軍によってウサーマ・ビン・ラ-ディンが殺害される。
2012年10月マララさんが銃撃される。

国民は今も何が起きるか分からないといった状態かもしれません。


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マララさんの声(スピーチ) ノーベル平和賞の受賞が決まった時


私自身がスワート渓谷(パキスタン)にいた時に同じ境遇に苦しんでいたからです。ご存じの通り、スワートはタリバン(パキスタンの反政府武装勢力「パキスタン・タリバン運動」=TTP=)の支配下にあり、学校に行くことは誰にも許されていなかったのです。



私は、自分の権利のために立ち上がりました。そして声を上げると言いました。

ほかの誰か(が何かをしてくれるの)を待ったのではないのです。



 私には二つの選択肢しかありませんでした。一つは、声を上げずに殺されること。もう一つは、声を上げて殺されること。



 私は後者を選びました。当時はテロがあり、女性は家の外に出ることが許されず、女子教育は完全に禁止され、人々は殺されていました。当時、私は学校に戻りたかったので声を上げる必要がありました。

(既に掲載し、重複する部分もあります)


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「マララは時代変える」最初にTVで紹介したキャスター

朝日新聞デジタル 10月11日(土)16時34分配信



 マララ・ユスフザイさん(17)のノーベル平和賞受賞をひときわ喜ぶパキスタン人ジャーナリストがいる。民放テレビ「Geo」の看板キャスター、ハミド・ミールさん(48)だ。

無名だったマララさんを番組に登場させ、世界に注目されるきっかけを作った立役者の1人。自身も銃撃を受けるなど境遇もマララさんと重なる。

 女子教育を敵視する反政府勢力パキスタン・タリバーン運動(TTP)が同国北西部のスワート地区を支配していた2009年2月、ミールさんは現地から生中継を準備していた。直前に同僚記者がTTPに殺害され、抗議の意味を込めた番組だった。そこに少女が近寄ってきた。

「おじさん、私を番組に出して下さい」。当時、英BBCのブログに仮名で日記を書いていた11歳のマララさんだった。

 番組に登場すれば、TTPからにらまれる可能性があった。だが、マララさんも一緒にいた父親も意思は固かった。

武装したTTPの兵士が遠巻きにする中、生放送でマララさんは訴えた。「学校を閉めた人たちに言いたい。私は学校に行きたい。学校を開いて下さい」

(ヤフーニュース 国際総合からです)

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ノーベル平和賞 17歳少女マララさんの声(スピーチ)を探る 13 

 

パキスタン帰国はどうかな



こんにちは。


ノーベル平和賞受賞者の国の報道がありました。
パキスタンの英字新聞のようですが、

・「非寛容と頑迷」が幅をきかせている、
・「国が国民に義務を果たしてこなかった」、

・「命の危険のない国に変えなければならない」、
・「過激派は、米国による支配やインドの影響力が、
  国を数世紀後退させると宣伝している」。

のような言葉があります。問題の根はどうしょうなく深いという感じですね。

「だから、ノーベル平和賞の対象になった」と
言っているところもあります。

そんな状態ならもちろん、マララさんは当分の間帰国しない方がいいでしょう。

以下の記事をゆっくり読んでみてください。

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ノーベル平和賞 “17歳のヒロイン”にパキスタン紙の反応は
産経新聞 10月20日(月)13時30分配信


 2014年のノーベル平和賞は、女子教育の重要性を訴えるパキスタン人のマララ・ユスフザイさん(17)と、インドで子供たちの人権擁護に努めるカイラシュ・サトヤルティ氏(60)に決まった。

カシミール地方の領有権で対立する印パから受賞者が選ばれ、「平和を求めるメッセージ」との見方も出た。パキスタンでは、マララさんが身の危険を感じることなく活動できる国を目指そうという論評も出た。

 ■称賛の一方、根深い問題指摘/ドーン(パキスタン)

 パキスタン主要紙はマララさんを称賛する一方、国内に抱える根深い問題が“17歳のヒロイン”を生み出した現実も指摘した。

 英字紙ドーン(電子版)は11日、「パキスタンの勇敢な人物」と題した社説で、勇気と思考の明晰(めいせき)さ、雄弁さを兼ね備えているとマララさんを形容。

タリバンやボコ・ハラムといったイスラム過激派の名を挙げ、ノーベル賞委員会が少女の教育の権利を否定する勢力を「象徴的に非難」したと分析した。

 また、マララさんの受賞は「パキスタンにとって栄誉である一方、いかに国が国民に対して義務を果たしてこなかったかを思い知らせるものだ」と指摘。

「非寛容と頑迷」に満ちた者たちが長期間、幅を利かせてきたとし、2012年にマララさんを銃撃した「パキスタンのタリバン運動(TTP)」などの武装勢力の横暴を非難した。

そして、「彼女が現在も帰国できないという事実が、こうした勢力が継続して力を持っていることの証明だ」との見解を示した。

 同紙は12日の署名記事で、TTPとの戦いでは、マララさんが「正しい側であることは明白だが、この国で勝利していると考えるのは難しい。だからこそ彼女の戦いは価値あるものだ」と訴えた。

 また、パキスタンの英字紙ニューズ(電子版)も11日の社説でマララさんを称賛する一方、「外国勢力の“スパイ”とみる向きも多かった」と言及した。

 その上で、1979年にノーベル物理学賞を受賞したパキスタン人のサラム氏が、イスラム世界で異端視されている教団に属していたために、パキスタン国内では業績が無視されていることにもふれた。

社説は、2人のノーベル賞受賞者の評価が国内で割れているとし、「われわれはマララが安全に帰ることができ、命の危険を冒すことなく活動できるような国に変えなければならない」と結んだ。(西見由章)

 ■相互理解へ国際社会の激励/ステーツマン(インド)

 ノーベル平和賞の受賞が決まったマララさんとサトヤルティ氏は、カシミール地方の領有権などをめぐって対立するインド、パキスタン両国に平和を呼びかけた。

多くのインド・メディアがこれを歓迎する中で、元インド外務次官のサルマン・ハイダー氏は15日付のインド英字紙ステーツマンへの寄稿で、2人の受賞決定を「南アジア全体の平和に必要な両国の相互理解への努力を促す国際社会の激励だ」と喜んだ。

 ノーベル賞委員会については、「折に触れて、完全に政治的にはならずに、平和賞の名声を使って世界のさまざまな地域での平和への動きをそっと後押ししようとしてきた」と分析した。

また、「この中には助けになった刺激もあれば、望んだ通りの業績は得られなかったものもある」と断った上で、カシミール地方での交戦が激化しているこの時期に、両国の活動家に同時に賞を授けることにした背景には、「南アジアの平和に効果的な前進を促すとの期待」もあったのだろうと指摘している。

 今月に入って、カシミール地方での交戦激化で多くの死傷者がでており、それまでしばらく続いていた一時的な平穏は失われた。現地司令官同士の協議など交戦停止への努力は実を結んでいない。

 ハイダー氏はこうした現状について、「どちらも粘り強く頑張ることに価値を見いだしていない」と両国軍の対応を批判し、「主な被害者は(死傷したり、避難を強いられたりしている)市民らである」とした。



両国外交当局の間でも、「融和的な反応を見せたかと思えば、双方の報道官は自己主張が強くなり頑固な姿勢を示している」といい、「タカ派の連中には、対話の呼びかけですら相手に折れることのように見なされるのかもしれない」と憂慮した。

 一方で、マララさんが印パの首脳に平和賞授賞式への出席を求めたことは、「きっと誰かがこの提案に耳を傾けているだろう」と前向きにとらえている。(ニューデリー 岩田智雄)

 ■分断ではなく連帯を生む/ニューヨーク・タイムズ(米国)


 パキスタン元駐米大使のフセイン・ハッカニ氏は10日、米紙ウォールストリート・ジャーナル(電子版)への寄稿で、「パキスタンのタリバン運動」に立ち向かってきたマララさんを称賛するとともに、インド出身のサトヤルティ氏とともに平和賞を同時受賞したことが、印パの緊張を和らげる一歩につながると論じた。

冒頭、マララさんが身の危険にさらされながらも立ち向かい、教育普及に尽力してきた「勇気」をたたえた。

また、パキスタン国内で過激派の言動に押されつつある多くの政治家や軍幹部、知識人よりも、マララさんは「深い洞察力」を持ち合わせており、「米国による支配やインドの影響力」が、国を数世紀後退させると信じ込む、過激派のプロパガンダに乗ることもなかったと指摘した。

 ハッカニ氏は、マララさんが17歳ながらも「勇気」に加え、反啓蒙主義をはねのける「知恵」も有していると強調。「パキスタンを現代化させる英雄であり、彼女の声は平和賞を受賞したことで、かつてなく増幅されている」とも述べた。

印パはカシミール地方の領有権をめぐって計3回の戦争と大規模紛争を経験、交戦も断続的に続く。マララさんとサトヤルティ氏が共同で「平和と人権尊重を促す賞」に決まったことは「大きな意味合いを持つ」とし、両国関係改善の一歩になるとの認識を示した。

 米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)も10日の記事で、印パ両国の間で軍事紛争が続く中、「一人のヒンズー教徒(サトヤルティ氏)と一人のイスラム教徒(マララさん)が(子女への)教育実現という苦難にともに立ち向かう姿は、意味あるメッセージを持つ」と強調した。

2人の受賞を熱狂的に支持する多くの両国民の間には、「虐げられた(印パの)何百万人もの子供たちの苦境を改善し、教育を与えたいとの思い」があるとし、受賞は「両国を分断するのではなく、むしろ結びつける肯定的な雰囲気を作り出している」と指摘した。(ニューヨーク 黒沢潤)

 (ヤフーニュース アジア・オセアニアからです)

 終りまでお読みいただき、ありがとうございました
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

ラベル:ノーベル賞
posted by たまわさ at 15:10| Comment(0) | ノーベル賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「アメリカ自由勲章」 17歳少女マララさんの声(スピーチ)を探る 14~17

マララさんに「アメリカ自由勲章
ノーベル平和賞 17歳少女マララさんの
声(スピーチ)を探る 14 

 

こんにちは。

マララさんがアメリカの自由勲章を受章しました。
自由勲章は「リバティ・メダル」と呼ばれている
のですが、国立の憲法センターから世界の自由を
守る活動をした人に贈られている勲章です。

この自由勲章の受賞に際してマララさんの声(スピーチ)は、

「今も5700万人の子どもが教育を受けられていない、すべての子どもが学校に通えるようになることが目標」。

「自由勲章の賞金をパキスタンの教育支援に充てる」。

世界の国々に対し、
「武器への支出を止めて子どもの未来に投資するべきだ」。

「教育は、貧困や無知、テロリズムに立ち向かうことのできる一番の武器だ。だから私は、戦争にノーと言おうと、世界中の国々に呼び掛ける」。

ということです。

メルケルさんなら言いそうな内容という気もするのですが、
マララさんも大変な話をしますね。

アメリカ憲法センターはフィラデルフィアにあるのですが、
これは歴史的な意味があります。1776年にトーマス・
ジェファーソンがアメリカ独立宣言を行った場所は
フィラデルフィアでした。

このように独立頃はアメリカの中心的な役割をしていました。
その後短期間ですがアメリカの首都になりました。

アメリカの憲法についてですが、イギリスからの独立以前に
秘密で検討が始まっていたようです。

独立宣言の後もフィラデルフィアを中心に憲法について
秘密の会議がされ、発効したのは1788年です。

世界最初の成文憲法といわれています。
ちなみに、フランスの憲法が成立したのは1793年です。

日本人にとっては古いことについて、では聖徳太子の十七条憲法は?
ということになりますが、共通するところもあるかもしれません。

ということで、マララさんは17歳にして、アメリカの由緒正しい
勲章を受賞したのです。その名も「リバティ・メダル」です。

地球上のどこに行っても喜ばれそうな名前ですね。
日本人ももらった人がいる勲章です。

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マララさんに「自由勲章」、全米憲法センター

AFP=時事 10月22日(水)15時54分配信


【AFP=時事】史上最年少のノーベル平和賞(Nobel Peace Prize)受賞が決まった子どもの権利活動家マララ・ユスフザイ(Malala Yousafzai)さん(17)が21日、全米憲法センター(National Constitution Center)から、世界の人々の自由を守る上で顕著な活動をした人に贈られる自由勲章(Liberty Medal)を授与された。

世界的な「教育危機」による損失、約13兆円 ユネスコ

 マララさんは授章式で、今も5700万人の子どもが教育を受けられていないと述べ、すべての子どもが学校に通えるようになることが目標だと語った。

 マララさんは、自由勲章の賞金をパキスタンの教育支援に充てると表明。世界の国々に対し、武器への支出を止めて子どもの未来に投資するべきだと呼び掛けた。

「教育は、貧困や無知、テロリズムに立ち向かうことのできる一番の武器だ。だから私は、戦争にノーと言おうと、世界中の国々に呼び掛ける」とマララさんは述べた。

 これまでの自由勲章の受章者にはジョージ・H・W・ブッシュ(George H.W. Bush)、ビル・クリントン(Bill Clinton)の2人の元米大統領のほか、ネルソン・マンデラ(Nelson Mandela)元南アフリカ大統領、シモン・ペレス(Shimon Peres)前イスラエル大統領、コフィ・アナン(Kofi Annan)前国連(UN)事務総長、アイルランドのロックバンド「U2」のボーカル、ボノ(Bono)さんらがいる。【翻訳編集】 AFPBB News

(ヤフーニュース 国際総合からです)その他の記事です

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マララさんに「アメリカ自由勲章」

ノーベル平和賞17歳少女マララさんの声

(スピーチ)を探る 15



今回は、前ページの続きになるのですが、マラ
ラさんが自由勲章を受賞した時の、
ユーチューブ動画がありました。

なんとなく、リラックスした受賞スピーチのよ
うです。会場の人々も楽しんでいる雰囲気です。


ページ下からユーチューブで会場を覗いてみて
下さい。日本語通訳、日本語訳が入ったものは
見当たりませんでした。


受賞時のマララさんが手にしていた自由勲章
「リバティ・メダル」の画像がありました。

メダルの中央がベル(教会の鐘)のデザインになっ
ています。「フリーダム・ベル」と呼ばれていますが、
中央部にひびが入っています。

この「フリーダム・ベル」と、そのひびについて、1776年
の独立当時の逸話があります。たどると面白いですよ。


鐘に入ったひびも楽しみ、国の記念にするのはアメリカ
文化、と言っていいのではないでしょうか。

アメリカの自由勲章は大統領が授与するのもあり、
「大統領自由勲章」と呼ばれています。最近では

バイデン副大統領がオバマ大統領から授与されました。
オバマ大統領最後の仕事として全米に放映されたと
いうことです。

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アメリカの自由勲章 Liberty  Medal

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日本人では1995年に、国連難民高等弁務官だった
緒方貞子さんが受賞しました。

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マララさん自由勲章の受賞動画

アメリカ憲法センター(フィラデルフィア)
 ユーチューブの動画です
うまく起動しない場合は以下のURLを試してください。

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ノーベル平和賞 17歳少女マララさんの声

(スピーチ)を探る 16

 米タイム誌の「最も影響力あるティーン」

 

 

こんにちは。


マララさんがアメリカのタイム誌の「最も影響
力のあるティーン」に選ばれました。

タイム誌の基準はアメリカ国内の範囲だけでな
く、世界のようです。

タイム誌には「タイム100」という企画を設け
ていて、毎年「世界で最も影響力のある人物
100人」を取り上げています。

そのジュニア版と考えていいでしょう。
今回は25人が選ばれました。

マララさんの声(スピーチ)がどこにどう影響
するか、勝手に想像してみました。

教育ということから、教科書の中に取り上げら
する可能性が高いのではないでしょうか。

マララさんの声(スピーチ)を学んで、教育は
重要なことなんだ、なら、将来は先生になろう、
と勉強する少年少女が増えそうに思えます。

自由勲章受賞の時、マララさんは「武器よりも
子供の教育を」ということだったのですが、
マララさんの声を覚えて成長し、

大人になるとしたら、その影響は将来に向けて
計り知れないもの、という気がします。

では、どこの地域で教科書の中に、ですがパキ
スタンから西、大西洋までの範囲では教科書に


取り入れるかどうか分かりませんね。トルコな
らいくらか可能性がありそうですが。


インドから東のイスラム圏はあまり問題はない
ように思われます。インドで教科書に取り上げ
られると非常にいいのではないでしょうか。


共同受賞のカイラシュさんの功績だって立派な
ものです。

さて何も想像つかないところもあります。

ノーベル賞は国家的名誉とか優越のために欲し
いが、国内の実情は子供たちには知られたくな
い、と思える国々もあります。  
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米タイム誌の「最も影響力あるティーン」、マララさんなど選出

2014年 10月 14日 18:08 JST


 10月13日、米タイム誌は、「2014年の最も影響力のある25人のティーン」を発表。今年のノーベル平和賞の受賞が決まったマララ・ユスフザイさん(17)やオバマ大統領の長女と次女などが選ばれた。写真はオバマ大統領と娘たち(2014年 ロイター/Larry Downing)


[ロサンゼルス 13日 ロイター] - 米タイム誌は、「2014年の最も影響力のある25人のティーン」を発表した。

今年のノーベル平和賞の受賞が決まったパキスタン出身で女子教育の権利を訴え続けているマララ・ユスフザイさん(17)やオバマ大統領の長女と次女などが選ばれた。

姉妹やチームも含まれるため実際には合計29人になる。

タイム誌は、ソーシャルメディアのフォロー状況やビジネス面での成功、文化的重要性などを分析して25人を選出した。

オバマ米大統領の長女マリア・オバマさん(16)と次女サーシャ・オバマさん(13)や、グラミー賞に輝いたニュージーランド出身のシンガー、ロード(Lorde)(17)など、選ばれたティーンの大半は女性。

男性では、香港民主化デモで中心的役割を果たしている学生団体の代表、黄之鋒(ジョシュア・ウォン)さん(18)などがリスト入りした。

最年少は、アメリカの野球界で天才野球少女として話題となっているモネ・デイビスさん(13)とサラ・オバマさん。

(ヤフーニュース 北米からです)

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教科書にどうかな 17歳少女マララさんの声

(スピーチ)を探る 17




前回のマララさんの声を探る16では、もし教科
書に取り入れられると影響は計り知れないほど
大きいでしょう、と書きました。

そう思ったその部分をマララさんの声(スピーチ)から取上げてみます。

◆「受賞を知った経緯・・・・・化学の授業で・・・・・・」
◆「でもそのとき、突然女性の先生が・・・・・・」

◆「先生や友達の反応は・・・・・」
◆「・・・・・私は本当に幸せです・・・・・
  みんなに支えられていることが幸せなのです。」

何の誇張もなく、普通の少女の姿ですね。このような文が教科書の中にあると、

学ぶ側の生徒たちはクラスメイトの作文の中にノーベル賞という語が出てくる感じがし、親しみや喜びも感じるのではないでしょうか。

こんなかわいらしいことが書けるノーベル賞受賞者は将来も出てこないように思えます。

スピーチの目的ではないのですが、学校やクラスの意味も含まれていると思います。勉強できること、その仲間といることが幸せなんです、ということです。なんともかわいいですね。

以下のマララさんの声(スピーチ)を読んでみてください。

◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆
マララさんの声(スピーチ) ノーベル平和賞の受賞が決まった時

 受賞を知った経緯について話します。私は化学の授業で電気分解を学んでいました。10時15分頃だったと思いますが、既に賞の発表は終わっていたし、受賞するとも思っていませんでした。10時15分になった時、受賞できなかったと確信しました。

でもその時、突然女性の先生が教室に入ってきて私を呼び、「大事なことを話します」と言いました。そして、「おめでとう。ノーベル平和賞の受賞が決まったよ。しかも、子供の権利のために闘っている素晴らしい人と一緒にね」と言われ、とても驚きました。

 感じたことを表現することは時々難しいものですが、私は本当に光栄に感じ、より力強く、勇気を得た気がしました。なぜならこの賞は、身につけたり部屋に飾ったりするための単なる金属やメダルではないからです。

私が前に進むため、私自身を信じるため、人々が私の運動を支援してくださっていることを知るための、励みとなるのです。私たちは団結しているのです。

私たちは皆、全ての子供が良い教育を受けられることを確実にしたい。だから、この賞は私にとって本当に素晴らしいものなのです。

 でも受賞したことを知った時、学校にこのままいようと決めました。むしろ、学校の時間を最後まで過ごそうと、物理の授業、英語の授業に出席しました。いつも通りに過ごしました。

先生や友達の反応はとてもうれしかったです。みんな私のことを誇りに思うと言ってくれました。私は学校、先生、友達の愛や支援に本当に感謝しています。

みんなが私を勇気づけ、支援してくれます。私は本当に幸せです。ノーベル賞が試験に役立つわけではなく、それは私の努力次第なのですが、それでも、みんなに支えられていることが幸せなのです。


 終りまでお読みいただき、ありがとうございました
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

ラベル:ノーベル賞
posted by たまわさ at 14:10| Comment(0) | ノーベル賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

世界子供賞WCPも、ノーベル平和賞 17歳少女マララさんの声(スピーチ)を探る 18~19

世界子供賞WCPも、ノーベル平和賞
17歳少女マララさんの声(スピーチ)を探る 18



マララさん 今度は世界子供賞に

「世界子供賞」は、World’s Children’s Prize (WCP)と呼ばれるスウェーデンの賞です。

 スウェーデン国際開発協力庁や宝くじの支援を得ている世界子供賞基金(WCPF)が運営し、

以下の記事の中にもありますが、子供たちが投票で選んだ子供の人権を擁護した人物や組織に贈られます。

 子供たちの投票によって選ばれるので、
受賞者を「人権ヒーロー」と呼ぶようです。

他の2人の候補者が成人であったこと、マララさんが17歳少女で、銃撃を受けたことがある、子供たちに 声を上げよう、と言っているなどから、

マララさんは「世界子供賞」そのもののように思えます。

WCPFは、子供たちの発言の機会や場を提供して
子供たちの人権意識を高めるプログラムを実施しているようです。

構成員の中に5人のノーベル平和賞受賞者がいます。

WCPについては以下を覗いてみてください。
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参照の記事です

マララさんに世界子供賞 2百万人の投票で選出

マララ・ユスフザイさん(ゲッティ=共同)

世界中の子供の投票により、子供の権利擁護に貢献した人物や組織を顕彰する今年の「世界子供賞」に、ノーベル平和賞を受けるパキスタンのマララ・ユスフザイさん(17)が選ばれた。主催団体が28日、スウェーデンで発表した。DPA通信などが伝えた。

 世界子供賞は、子供に発言の機会を与え、民主主義や人権を学ぶ教育プログラムとして2000年に創設された。

プログラムに登録した各国の生徒約200万人が投票に参加し、3人の推薦候補の中からマララさんを選んだ。

スウェーデンのシルビア王妃が29日に授与するという。賞金は5万ドル(約540万円)。

 パキスタンで女子教育抑圧を告発し、イスラム過激派に銃撃されたマララさんは受賞について「女子を含む全ての子供に教育を求める運動を続けるのに役立つ」との声明を出した。(共同)

(産経ニュース 国際からです) 

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世界子供賞WCP 授賞式 ノーベル平和賞

17才少女マララさんの声(スピーチ)を探る 19

 

世界子供賞 WCP 授賞式にマララさん出席


約200万人の子供たちが投票によって28日に世界子供賞の
ヒーローが決定し、29日に授賞式がありました。

その授賞式の様子が分かる動画がYouTubeにありました。
マララさんのスピーチもありました。英語ですけど。

また、WCPのページには写真が掲載されています。

マララさんは、「子供の人権を向上させるのは大人や政治家ではない、
子供の声だ、大人を頼りにしてはいけない」、とスピーチしたようです。

世界子供賞の賞金約540万円は、UNRWA(国連パレスチナ難民
救済機構)に寄付し、パレスチナのガザ地区の学校再建に
使われるということです。

このブログではマララさんの声が、地球上のあちこちで教科書に
取り入れたら、その影響は大きいと考えたのですが、

WCPのこの早い動きはすばらしいですね。
どうぞ現在の動きを楽しんでください。

YouTube動画のタイトル

Malala will give away the World Children's Prize winnings to Gaza schools

 

うまく起動しない場合は以下のURLを試してみてください

https://www.youtube.com/watch?v=m2-uL5nN40E



世界子供賞受賞式の写真はWCPのページにあります。
以下からどうぞ

http://worldschildrensprize.org/photos

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参照の記事です

マララさん:世界子供賞を受賞

毎日新聞 2014年10月30日 09時52分(最終更新 10月30日 10時36分)

「世界子供賞」の授賞式で演説するマララ・ユスフザイさん=スウェーデンのストックホルム郊外で29日、ロイター共同
「世界子供賞」の授賞式で演説するマララ・ユスフザイさん=スウェーデンのストックホルム郊外で29日、ロイター共同

子供の権利擁護に貢献した人や組織を顕彰する今年の「世界子供賞」に選ばれたパキスタンのマララ・ユスフザイさん(17)が29日、スウェーデンのストックホルム郊外で授賞式に出席、演説で「権利向上を求めるのは大人や政治家の仕事ではない」と述べ、他人の支援を待つのではなく子供たち自身が声を上げる重要性を強調した。

 マララさんは、同賞受賞が各国の子供たちによる投票で決まったことに触れ「本当にうれしい。子供自身が声を上げつつある」と歓迎した。

 世界子供賞は子供が中心となって組織し、人権などを学ぶ教育プログラムの一環として2000年に創設された。(共同)

(毎日新聞 国際からです)

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マララさん、ガザの学校に寄付=世界子供賞の賞金540万円

時事通信 10月30日(木)5時37分配信



 【エルサレム時事】国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)は29日、今年のノーベル平和賞受賞が決まったパキスタンの教育活動家マララ・ユスフザイさん(17)が、イスラエル軍の攻撃で荒廃したパレスチナ自治区ガザの学校再建のため、5万ドル(約540万円)を寄付すると発表した。

 マララさんは、子供の権利擁護に貢献した人物を世界中の子供が選ぶ「子供の権利のための世界子供賞」の受賞が28日に決まったばかり。


29日にスウェーデンで授賞式が行われ、その際の記者会見で

「ガザの子供たちが戦争でどれだけ傷ついたか、私たちは知っている。罪のないパレスチナの子供たちが長い間ひどく苦しんできた。今すぐ私たちの支援を必要としている」と述べ、賞金全額をUNRWAに寄付すると表明した。ガザ地区の65校の再建に充てられる。


 UNRWAのピエール・クレヘンビュール事務局長は声明を出し「あなたの親切により(子供や教職員の)ここ数カ月間の苦しみが和らぐだろう」と謝意を表明した。


  (ヤフーニュース 中東・アフリカからです)


   終りまでお読みいただき、ありがとうございました。

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カイラシュ・サティヤルティさん(ノーベル平和賞)の活動 11月22日


途中ですが 妨害ハッカーの妨害が
しつこいので公開します。

最近は成果のネコババも成功したみたい




カイラシュ・サティヤルティさんの活動がありました。

ノーベル平和賞受賞者の発表時は、未成年のマララさんの
受賞決定で世界中が驚いていたのですが、パキスタンの隣の
インド人との共同受賞ということでもやはり世界が驚きました。

サティヤルティさんの言葉に「インド社会はこれほど発展したのに・・・」
というところがあり、パキスタンの状況と大分違いがある感じがします。

パキスタンはマララさんの言う「寛容さ」から遠い状況は変わりないでしょう。
「欧米の陰謀」は「反日教育は条件反射」に似ているかもしれません。

ノーベル平和賞の授賞式は12月10日です。近づいてきました。

注目したいところがありますね。インド・パキスタンの首脳が
出席するのかどうか、両方出席するとしたら、どんな会話が
始まるのか。世界中が関心を持っていることでしょう。

マララさんのニュースは最近見当たりません。静かに勉強している
ことと思われます。

サティヤルティさんのノーベル平和賞受賞発表時の記事も
以下にもって来ました。「・・・悪魔が復讐してこない・・・」

ということなのですが、インド的表現なんでしょうか。

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<ノーベル賞>サティヤルティさん集会「子供のために声を」
毎日新聞 11月23日(日)20時47分配信


 【ニューデリー金子淳】児童労働根絶に向けた活動が評価され今年のノーベル平和賞の受賞が決まったインドのカイラシュ・サティヤルティさん(60)が22日、首都ニューデリーで集会を開き、「社会がこれほど発展したのに児童労働は減っていない。子供の自由、権利、教育のために声を上げよう」と呼びかけた。

 集会はサティヤルティさんの活動の支援者や子供ら約1000人が参加。灯をともしたろうそくを手に「子供たちに教育を」などと叫んで児童労働の根絶を訴えた。学校の友人とともに参加したニューデリーのファルハンさん(15)は「勉強は楽しい。みんなが学校に行けるようにすべきだ」と話した。

 サティヤルティさんは、女子教育の必要性を訴えてイスラム過激派に銃撃されたパキスタン出身のマララ・ユスフザイさん(17)とともに今年の平和賞に選ばれた。授賞式は12月10日にノルウェーの首都オスロで行われる。

   (ヤフーニュース アジア・オセアニアからです)

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ノーベル賞:サティヤルティさん、反児童労働を訴え

毎日新聞 2014年10月10日 21時58分(最終更新 10月11日 00時06分)

 ノーベル平和賞の授与が決まったカイラシュ・サティヤルティさん(60)は中流階級に生まれたが、幼い時から学校に通うことのできない貧しい子供たちの窮状を気にしていた。12歳のときから小遣いで中古の教科書を買い、貧しい子供に配る活動を始めた。

 サティヤルティさんの活動を敵視し、脅迫する者も多い。自身も襲われ頭や足、背中を負傷した経験を持つ。「もし攻撃されるなら、我々は正しい道を歩んでいると分かる。私たちは社会悪と戦っている。悪魔が復讐(ふくしゅう)してこないようでは、我々の活動が悪魔を脅かしていないということだ」。サティヤルティさんは今年6月、インドの日刊紙のインタビューにこう話した。

【ニューデリー金子淳】 幼少時からの信念を1980年に実らせた。「子供を救え運動(BBA)」を設立し、児童保護運動を始めた。カーペット工場などで奴隷状態で労働させられている子供たちの解放と社会復帰を目指し、89年には活動の場をさらに広げ「南アジア子供奴隷解放連合(SACCS)」を設立。98年には児童労働に反対する「グローバル・マーチ」を率い、世界規模の運動に発展させた。

 (毎日新聞 からです)

終りまでお読みいただき、ありがとうございました 

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マララさんとカイラシュさんが初めて顔を会わせました

 

 

ノーベル平和賞のマララ・さんとカイラシュさんがはじめて顔を
会わせました。ノーベル賞平和賞の授賞式に出席ですね。

その記者会見の記事と、マララさんが銃撃を受けたときの
衣類が公開されているという記事です。

注目されていた、インド、パキスタンの首脳の出席はないようです。
インド・パキスタンの対立は根が深いので、しかたないかな
という気がします。

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ノーベル賞のマララさん「子供に本とペンを」

10日授賞式を前に会見


2014/12/9 23:10 (2014/12/10 0:52更新)

オスロ=小滝麻理子】

2014年のノーベル平和賞に選ばれたパキスタンのマララ・ユスフザイさん(17)とインドの人権活動家のカイラシュ・サトヤルティ氏(60)は9日、10日の授賞式を前にノルウェーの首都オスロで記者会見に臨んだ。




マララさんは「教育の権利のために世界の子供たちに自ら立ち上がるように伝えにきた。立ち上がれば変化は起こせる」と表明した。



 マララさんの17歳での受賞はノーベル賞の全部門を通じて史上最年少となる。マララさんは青やピンクが交じったショールをまとい、落ち着いた様子で登場した。

サトヤルティ氏が「私の娘」と何度も呼びかけると「児童救済のために長年尽くしているサトヤルティさんの横に座れてとても光栄だ」とほほ笑んだ。

 マララさんは会見で「偏見のない知識を与える教育システムのため企業、親、すべての人にできる役割がある」と指摘した。

「私たちが求めているのは特別なものではない。本とペンだけだ」とし、世界のすべての子供が教育を受けられるよう改めて訴えた。

 マララさんは11歳のころからイスラム武装勢力「パキスタンのタリバン運動」が支配する学校の惨状を伝えてきた。会見でイスラム教は平和の宗教であり、あらゆる人に正しい知識を得ることを求めていると強調した。

「家庭につなぎ留められている多くのイスラム女性にも正しいイスラム教の教育の機会が与えられるべきだ」とも述べた。

 17歳という若さでの受賞が重荷になるのではという質問には「すべての子供の教育のために立ち上がろうと決意したときからプレッシャーは感じている。受賞は励みになる」と応じた。

 インドのサトヤルティ氏は1990年代から長く児童労働の撲滅に取り組んできた。会見で「平和賞は教育、自由を奪われた何百万人もの子供のためのものだ」と力説した。




同時に「事態を改善するためにもっと活動を広げなければいけないと責任を感じている。すべての宗教のリーダーたちに子供たちに教育を保障するようにと訴えたい」と語った。

 インドとパキスタンの両首相に授賞式への参加を促していたマララさんは望みがかなわなかったことについて「もし来ていたら両首相に宗教や言語の違いを超えて関係を改善し、教育のために尽くしてほしいと伝えたかった」と悔やんだ。

 (日本経済新聞からです)

9日、オスロで記者会見に臨むマララさん(左)とサトヤルティ氏=AP 
画像の拡大

9日、オスロで記者会見に臨むマララさん(左)とサトヤルティ氏=AP 


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マララさん血染めの制服、初公開 事件の悲惨さ物語る

朝日新聞デジタル 12月10日(水)5時8分配信


 ノーベル平和賞の10日の授賞式を前に、マララ・ユスフザイさん(17)が9日、ノルウェーの首都オスロで記者会見に臨んだ。

この日は、2012年に母国パキスタンでイスラム過激派勢力に銃撃された際、マララさんが着ていた血染めの制服の初公開もあった。

過激派はいまもマララさんを標的にしているとされるだけに、現地では厳重な警戒態勢が敷かれている。

 制服は、オスロにあるノーベル平和センターで報道陣に公開された。

 マララさんは12年10月9日、下校中のスクールバスの中で、反政府武装勢力「パキスタン・タリバーン運動(TTP)」に、至近距離から頭部を撃たれた。

 9日に公開された制服は、白いスカーフと紺色の上着、そして白いズボン。大量の血痕が残り、銃撃事件の悲惨さを物語る。

(ヤフーニュース 国際からです)

その他のニュース

 

ーベル平和賞のマララさん、血染めの制服を公開

CNN.co.jp 9時57分

<マララさん>笑顔 平和賞授賞式を前に写真

毎日新聞 9日(火)23時42分



 終りまでお読みいただき、ありがとうございました。

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以下はネコババ・ハッカーの活躍部分です
見てやってください。2つか3つ減っています。




カイラシュ・サティヤルティさん(ノーベル平和賞)の活動 11月22日


途中ですが 妨害ハッカーの妨害が
しつこいので公開します。

最近は成果のネコババも成功したみたい




カイラシュ・サティヤルティさんの活動がありました。

ノーベル平和賞受賞者の発表時は、未成年のマララさんの
受賞決定で世界中が驚いていたのですが、パキスタンの隣の
インド人との共同受賞ということでもやはり世界が驚きました。

サティヤルティさんの言葉に「インド社会はこれほど発展したのに・・・」
というところがあり、パキスタンの状況と大分違いがある感じがします。

パキスタンはマララさんの言う「寛容さ」から遠い状況は変わりないでしょう。
「欧米の陰謀」は「反日教育は条件反射」に似ているかもしれません。

ノーベル平和賞の授賞式は12月10日です。近づいてきました。

注目したいところがありますね。インド・パキスタンの首脳が
出席するのかどうか、両方出席するとしたら、どんな会話が
始まるのか。世界中が関心を持っていることでしょう。

マララさんのニュースは最近見当たりません。静かに勉強している
ことと思われます。

サティヤルティさんのノーベル平和賞受賞発表時の記事も
以下にもって来ました。「・・・悪魔が復讐してこない・・・」

ということなのですが、インド的表現なんでしょうか。

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<ノーベル賞>サティヤルティさん集会「子供のために声を」
毎日新聞 11月23日(日)20時47分配信


 【ニューデリー金子淳】児童労働根絶に向けた活動が評価され今年のノーベル平和賞の受賞が決まったインドのカイラシュ・サティヤルティさん(60)が22日、首都ニューデリーで集会を開き、「社会がこれほど発展したのに児童労働は減っていない。子供の自由、権利、教育のために声を上げよう」と呼びかけた。

 集会はサティヤルティさんの活動の支援者や子供ら約1000人が参加。灯をともしたろうそくを手に「子供たちに教育を」などと叫んで児童労働の根絶を訴えた。学校の友人とともに参加したニューデリーのファルハンさん(15)は「勉強は楽しい。みんなが学校に行けるようにすべきだ」と話した。

 サティヤルティさんは、女子教育の必要性を訴えてイスラム過激派に銃撃されたパキスタン出身のマララ・ユスフザイさん(17)とともに今年の平和賞に選ばれた。授賞式は12月10日にノルウェーの首都オスロで行われる。

   (ヤフーニュース アジア・オセアニアからです)

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ノーベル賞:サティヤルティさん、反児童労働を訴え

毎日新聞 2014年10月10日 21時58分(最終更新 10月11日 00時06分)

 ノーベル平和賞の授与が決まったカイラシュ・サティヤルティさん(60)は中流階級に生まれたが、幼い時から学校に通うことのできない貧しい子供たちの窮状を気にしていた。12歳のときから小遣いで中古の教科書を買い、貧しい子供に配る活動を始めた。

 サティヤルティさんの活動を敵視し、脅迫する者も多い。自身も襲われ頭や足、背中を負傷した経験を持つ。「もし攻撃されるなら、我々は正しい道を歩んでいると分かる。私たちは社会悪と戦っている。悪魔が復讐(ふくしゅう)してこないようでは、我々の活動が悪魔を脅かしていないということだ」。サティヤルティさんは今年6月、インドの日刊紙のインタビューにこう話した。

【ニューデリー金子淳】 幼少時からの信念を1980年に実らせた。「子供を救え運動(BBA)」を設立し、児童保護運動を始めた。カーペット工場などで奴隷状態で労働させられている子供たちの解放と社会復帰を目指し、89年には活動の場をさらに広げ「南アジア子供奴隷解放連合(SACCS)」を設立。98年には児童労働に反対する「グローバル・マーチ」を率い、世界規模の運動に発展させた。

 (毎日新聞 からです)

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カイラシュ・サティヤルティさん(ノーベル平和賞)の活動 11月22日


途中ですが 妨害ハッカーの妨害が
しつこいので公開します。

最近は成果のネコババも成功したみたい




カイラシュ・サティヤルティさんの活動がありました。

ノーベル平和賞受賞者の発表時は、未成年のマララさんの
受賞決定で世界中が驚いていたのですが、パキスタンの隣の
インド人との共同受賞ということでもやはり世界が驚きました。

サティヤルティさんの言葉に「インド社会はこれほど発展したのに・・・」
というところがあり、パキスタンの状況と大分違いがある感じがします。

パキスタンはマララさんの言う「寛容さ」から遠い状況は変わりないでしょう。
「欧米の陰謀」は「反日教育は条件反射」に似ているかもしれません。

ノーベル平和賞の授賞式は12月10日です。近づいてきました。

注目したいところがありますね。インド・パキスタンの首脳が
出席するのかどうか、両方出席するとしたら、どんな会話が
始まるのか。世界中が関心を持っていることでしょう。

マララさんのニュースは最近見当たりません。静かに勉強している
ことと思われます。

サティヤルティさんのノーベル平和賞受賞発表時の記事も
以下にもって来ました。「・・・悪魔が復讐してこない・・・」

ということなのですが、インド的表現なんでしょうか。

◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆


<ノーベル賞>サティヤルティさん集会「子供のために声を」
毎日新聞 11月23日(日)20時47分配信


 【ニューデリー金子淳】児童労働根絶に向けた活動が評価され今年のノーベル平和賞の受賞が決まったインドのカイラシュ・サティヤルティさん(60)が22日、首都ニューデリーで集会を開き、「社会がこれほど発展したのに児童労働は減っていない。子供の自由、権利、教育のために声を上げよう」と呼びかけた。

 集会はサティヤルティさんの活動の支援者や子供ら約1000人が参加。灯をともしたろうそくを手に「子供たちに教育を」などと叫んで児童労働の根絶を訴えた。学校の友人とともに参加したニューデリーのファルハンさん(15)は「勉強は楽しい。みんなが学校に行けるようにすべきだ」と話した。

 サティヤルティさんは、女子教育の必要性を訴えてイスラム過激派に銃撃されたパキスタン出身のマララ・ユスフザイさん(17)とともに今年の平和賞に選ばれた。授賞式は12月10日にノルウェーの首都オスロで行われる。

   (ヤフーニュース アジア・オセアニアからです)

◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆

ノーベル賞:サティヤルティさん、反児童労働を訴え

毎日新聞 2014年10月10日 21時58分(最終更新 10月11日 00時06分)

 ノーベル平和賞の授与が決まったカイラシュ・サティヤルティさん(60)は中流階級に生まれたが、幼い時から学校に通うことのできない貧しい子供たちの窮状を気にしていた。12歳のときから小遣いで中古の教科書を買い、貧しい子供に配る活動を始めた。

 サティヤルティさんの活動を敵視し、脅迫する者も多い。自身も襲われ頭や足、背中を負傷した経験を持つ。「もし攻撃されるなら、我々は正しい道を歩んでいると分かる。私たちは社会悪と戦っている。悪魔が復讐(ふくしゅう)してこないようでは、我々の活動が悪魔を脅かしていないということだ」。サティヤルティさんは今年6月、インドの日刊紙のインタビューにこう話した。

【ニューデリー金子淳】 幼少時からの信念を1980年に実らせた。「子供を救え運動(BBA)」を設立し、児童保護運動を始めた。カーペット工場などで奴隷状態で労働させられている子供たちの解放と社会復帰を目指し、89年には活動の場をさらに広げ「南アジア子供奴隷解放連合(SACCS)」を設立。98年には児童労働に反対する「グローバル・マーチ」を率い、世界規模の運動に発展させた。

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ラベル:ノーベル賞
posted by たまわさ at 13:49| Comment(0) | ノーベル賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

マララさんの20、ハッカーの妨害

カイラシュ・サティヤルティさん(ノーベル平和賞)の活動 11月22日


途中ですが 妨害ハッカーの妨害が
しつこいので公開します。

最近は成果のネコババも成功したみたい




カイラシュ・サティヤルティさんの活動がありました。

ノーベル平和賞受賞者の発表時は、未成年のマララさんの
受賞決定で世界中が驚いていたのですが、パキスタンの隣の
インド人との共同受賞ということでもやはり世界が驚きました。

サティヤルティさんの言葉に「インド社会はこれほど発展したのに・・・」
というところがあり、パキスタンの状況と大分違いがある感じがします。

パキスタンはマララさんの言う「寛容さ」から遠い状況は変わりないでしょう。
「欧米の陰謀」は「反日教育は条件反射」に似ているかもしれません。

ノーベル平和賞の授賞式は12月10日です。近づいてきました。

注目したいところがありますね。インド・パキスタンの首脳が
出席するのかどうか、両方出席するとしたら、どんな会話が
始まるのか。世界中が関心を持っていることでしょう。

マララさんのニュースは最近見当たりません。静かに勉強している
ことと思われます。

サティヤルティさんのノーベル平和賞受賞発表時の記事も
以下にもって来ました。「・・・悪魔が復讐してこない・・・」

ということなのですが、インド的表現なんでしょうか。

◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆


<ノーベル賞>サティヤルティさん集会「子供のために声を」
毎日新聞 11月23日(日)20時47分配信


 【ニューデリー金子淳】児童労働根絶に向けた活動が評価され今年のノーベル平和賞の受賞が決まったインドのカイラシュ・サティヤルティさん(60)が22日、首都ニューデリーで集会を開き、「社会がこれほど発展したのに児童労働は減っていない。子供の自由、権利、教育のために声を上げよう」と呼びかけた。

 集会はサティヤルティさんの活動の支援者や子供ら約1000人が参加。灯をともしたろうそくを手に「子供たちに教育を」などと叫んで児童労働の根絶を訴えた。学校の友人とともに参加したニューデリーのファルハンさん(15)は「勉強は楽しい。みんなが学校に行けるようにすべきだ」と話した。

 サティヤルティさんは、女子教育の必要性を訴えてイスラム過激派に銃撃されたパキスタン出身のマララ・ユスフザイさん(17)とともに今年の平和賞に選ばれた。授賞式は12月10日にノルウェーの首都オスロで行われる。

   (ヤフーニュース アジア・オセアニアからです)

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ノーベル賞:サティヤルティさん、反児童労働を訴え

毎日新聞 2014年10月10日 21時58分(最終更新 10月11日 00時06分)

 ノーベル平和賞の授与が決まったカイラシュ・サティヤルティさん(60)は中流階級に生まれたが、幼い時から学校に通うことのできない貧しい子供たちの窮状を気にしていた。12歳のときから小遣いで中古の教科書を買い、貧しい子供に配る活動を始めた。

 サティヤルティさんの活動を敵視し、脅迫する者も多い。自身も襲われ頭や足、背中を負傷した経験を持つ。「もし攻撃されるなら、我々は正しい道を歩んでいると分かる。私たちは社会悪と戦っている。悪魔が復讐(ふくしゅう)してこないようでは、我々の活動が悪魔を脅かしていないということだ」。サティヤルティさんは今年6月、インドの日刊紙のインタビューにこう話した。

【ニューデリー金子淳】 幼少時からの信念を1980年に実らせた。「子供を救え運動(BBA)」を設立し、児童保護運動を始めた。カーペット工場などで奴隷状態で労働させられている子供たちの解放と社会復帰を目指し、89年には活動の場をさらに広げ「南アジア子供奴隷解放連合(SACCS)」を設立。98年には児童労働に反対する「グローバル・マーチ」を率い、世界規模の運動に発展させた。

 (毎日新聞 からです)

終りまでお読みいただき、ありがとうございました★ 

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posted by たまわさ at 03:31| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ノーベル平和賞 17歳少女マララさんの声(スピーチ)を探る 20、21、22 声(スピーチ)を探る 20、21

ノーベル平和賞 17歳少女マララさんの
声(スピーチ)を探る 20、21、22



マララさんの動画1(YouTube)を探る 20

 


マララさんについての記事は最近見当たらないのですが、
カイラシュさんの記事の中に12月10日がノーベル平和賞授

賞式とありましたので、動画を集めました。よかったら覗
いてください。


マララさんの声(スピーチ)を探るは、19で止まってい
ますね。これが10月30日です。初めてこのブログを見られ

る方はさかのぼってみて下さい。10月11日の「ノーベル賞
平和賞を生んだ情熱の女性」が出発になっています。


この情熱の女性とマララさんに共通点があるかもしれな
い。100年以上も前の状態と共通していると考えると少し

恐ろしい部分もあるのですが、マララさんが未成年である
にもかかわらず国連で演説していると思うと地球社会は進
歩していると安心できたりします。


100年以上前のベルタおばさんのことを思い出しながら、
ノーベル賞平和賞の受賞を辿ってみましょう。動画で見る
マララさんはやはり少女、可愛い表情もあります。

ですが、少女が集団で犠牲になっている地名や武装勢力名
が連続する演説には地球の現況を知らされます。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

銃撃された少女 マララさん "支援メッセージに感謝"



FENEWS1234・2年前
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

AFPBB News・1年前
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ 

国際ガールズ・デー マララさん続報 英国で治療へ



FENEWS1234 ・2年前
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

イスラム過激派批判の少女 銃撃される



FENEWS1234 ・2年前

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

マララさんの動画1(YouTube)を探る 21




こんにちは。


ノルウェーの首都オスロは人口85~86万人の町なのですが、
動画ニュースを見ていると「平和」に満ちている感じを受け
ます。


少女のマララさんがオスロに来ました。いよいよノーベル賞
平和賞を受賞します。このブログではマララさんのスピーチ

を探ってNo21になりますが、ノーベル賞平和賞の受賞演説
を掲載します。1と2に分れています。よろしかったら以下
をご覧ください。


その下の記事は銃撃を受けた時の血染めの衣服になります。

武器のことなど考えもしない少女が遭遇した、厳しい現実を
見ながらお祝いするということになります。


<字幕>マララさんノーベル平和賞受賞スピーチ(1/2)

新英語教育研究会

https://youtu.be/0p7EMYgIoLo

 


<字幕>マララさんノーベル平和賞受賞スピーチ(2/2)

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国連本部でのスピーチ

 

マララ・ユサフザイさんの国連本部でのスピーチ(7月12日) 日本語字幕

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f:id:okentac:20170418073949j:plain
★★

マララさん銃撃時の「血染めの制服」初公開 ノーベル賞授賞式へ

 平和賞の授賞式には、児童労働の根絶に尽力したインドのカイラシュ・サトヤルティさん(60)が、マララさんとともに臨む。

 オスロからの報道では、マララさんが2012年10月、通学バスで下校中にイスラム武装勢力に銃撃され、血で染まった制服が9日、現地のノーベル平和センターで報道関係者に初めて公開された。

 マララさんは、同センターのビデオインタビューで「世界中の子供たち、人々に見てもらいたい。学校へ行くことは私の権利、すべての子供の権利。なおざりにしてはいけない」と訴えた。一般公開は12日から。

 授賞式には、マララさんが招待した女子教育を訴えるパキスタン、シリア、ナイジェリアの少女ら5人も参加する予定だ。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

ノーベル平和賞 授賞式の前日 

マララさんの声(スピーチ)を探る 22 


ノーベル平和賞の授賞式のためにオスロに到着し、記者会見の席
で、マララさんは「授賞式に来たのは、すべての子供に声をあげ
よう、と伝えるため」。

「私は、子供たち全員が学校へ行き、質の高い教育を受けられる
ようにしていきたい」。


サティヤルティさんは「すべての子供が安全な環境で育つ権利が
ある」

「こうしている間にも、何百万人という子供たちが自由を楽しん
だり笑ったりできない。我々はこうした子供たちのために頑張ら
なければならない」。

と述べたということです。以下をお読みください。


ノーベル平和賞の受賞者の決定はノルウェー国会が決定していま
す。ノーベルの時代はスウェーデンが強国であり、ノルウェーは

その従属国のような力関係だった模様で、ノーベルは両国の和解
を望んでいたといわれ、平和賞についてはノルウェーを指定した
のだろうといわれています。

そういうことからノーベル平和賞の授賞式はオスロで行われてい
ます。
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<マララさん>笑顔 平和賞授賞式を前に

毎日新聞 12月9日(火)23時42分配信


 【オスロ金子淳】イスラム過激派に銃撃された後も女子教育の重要性を訴えてきたパキスタンの少女マララ・ユスフザイさん(17)と、児童労働根絶に取り組むインドのカイラシュ・サティヤルティさん(60)は10日午後(日本時間同日夜)、ノルウェーで行われるノーベル平和賞の授賞式に出席する。マララさんはすべての受賞者で史上最年少。敵対する印パ両国の出身者が同時受賞するのも初。

 2人は9日、オスロ市内で記者会見に出席。マララさんは「授賞式に来たのは、すべての子供に声をあげよう、と伝えるため」。サティヤルティさんは「すべての子供が安全な環境で育つ権利がある」と語り、改めて子供の権利を訴えた。マララさんは印パ両首相の授賞式への出席を希望したが、実現しなかった。

<マララさん>笑顔 平和賞授賞式を前に写真

毎日新聞 9日(火)23時42分



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マララさん「本とペンで子供たちの未来変わる」

読売新聞 12月9日(火)21時20分配信

 【オスロ=柳沢亨之】2014年のノーベル平和賞に決まったパキスタン出身のマララ・ユスフザイさん(17)とインドのカイラシュ・サティアルティ氏(60)は9日、授賞式を前に、ノルウェーの首都オスロのノーベル研究所で記者会見した。

 ノーベル賞史上最年少の受賞者となるマララさんは「子供の権利のために闘ってきた人と共に受賞するのは、偉大な栄誉です」と述べた。2人は10日、同市内で行われる授賞式に出席し、記念講演する。

 マララさんは、パキスタンで女子教育を否定するイスラム武装勢力を批判し、12年に頭部を銃撃され重体に陥った。会見では、その後も身の危険を顧みず教育の必要性を訴え続けていることに触れ、「子供たちに、『立ち上がろう』『権利のために声を上げよう』『世界を変えるあなたたちが、第一歩を踏み出す時です』と、伝えたいと思います。声を上げれば変革をもたらせるのです」と語った。

 マララさんはまた、「子供たちが必要としているのは、1冊の本と1本のペンです。それだけで本当に子供たちの未来、世界が変わるのです」と話し、「なぜ本とペンを子供たちに与えられないのでしょうか」と、各国政府などに教育の充実を求めた。そのうえで、「私は、子供たち全員が学校へ行き、質の高い教育を受けられるようにしていきたい」と抱負を述べた。

 一方、サティアルティ氏は1980年以降、インドの農場などで労働を強いられていた子供約8万人を救出してきた。会見では、「教育と健康を否定されている子供たちにとって、とても重要な賞だ」と述べ、「こうしている間にも、何百万人という子供たちが自由を楽しんだり笑ったりできない。我々はこうした子供たちのために頑張らなければならない」と今後の活動に対する意気込みを見せた。

マララさん「本とペンで子供たちの未来変わる」

読売新聞 9日(火)21時20分

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「子どもを働かすのは犯罪」ノーベル平和賞の活動家語る

朝日新聞デジタル 12月9日(火)2時18分配信

 ノーベル平和賞を10日に授与されるインドの児童労働問題活動家カイラシュ・サティヤルティさん(60)が、朝日新聞の単独インタビューに応じた。受賞について「深刻な問題に光を当ててくれた」と歓迎。「子供が安価な労働力として搾取されている」状態が世界ではびこっている現実を指摘し、各国の政府や企業に行動を求めた。

【写真】インタビューに応じるサティヤルティさん=ニューデリー、貫洞欣寛撮影

 サティヤルティさんは1980年に「子供たちを救え運動(BBA)」を立ち上げ、労働現場から8万人を超える子供を解放してきた。「世界で今も1億6800万人の子供たちが働かされている。人道に対する犯罪だ」と強く批判。「子供たちは政治的、社会的無関心の最大の被害者だ」と訴えた。

 問題の背景としてまず、「弱い立場にある子供を、大人が利用している」と指摘。さらに、背後には「親の貧困と無知がある。(親の多くは)字が読めない」とも語った。

 十分な教育を受けてこないまま親になった大人たちが、子供を安易に働かせており、その子供たちが親の世代になったときに同じことを繰り返すという「悪循環が続いている」と懸念を示した。

 そうした現実にもかかわらず、各国政府の間には、「子供の問題を優先課題にしようという政治的意思が世界レベルで欠けている」と懸念を示した。

 悪循環を絶つため、児童労働が蔓延(まんえん)している国では「子供が働いて収入を得る代わりに学校で教育を受けることに対するインセンティブや、無料で質の良い義務教育制度が必要だ」と語った。

 日本など主要国の企業に対しては「(途上国に発注する製品について)製造を請け負う末端から製造過程の最後まで、児童労働が入り込まないよう責任を持つべきだ」と述べた。

 サティヤルティさんは10日、ノルウェーのオスロで、パキスタンのマララ・ユスフザイさん(17)とともにノーベル平和賞を授与される。

「子どもを働かすのは犯罪」ノーベル平和賞の活動家語る

朝日新聞デジタル 9日(火)2時18分


終りまでお読みいただき、ありがとうございました。

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ラベル:ノーベル賞
posted by たまわさ at 03:00| Comment(0) | ノーベル賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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